
忙しい日々のなか、「この仕事は何のためにあるのか」と立ち止まってしまう瞬間はないだろうか。現代には、安定した収入を得られるものの意味を見いだせない仕事と、やりがいはあるが低賃金な仕事というものが存在している。本記事では、働くことの尊厳を問い直し、仕事にやりがいや手ごたえを感じられる未来への道筋を探る。
現代社会を覆う“意味のない仕事”の影

「あなたは、自分の仕事にやりがいを感じていますか」
そう問われたとき、答えに窮する人も多いのではないだろうか。
高学歴で高収入な職に就いているにもかかわらず、
「この仕事、何のためにやってるんだろう」
「自分がいなくなっても誰も困らないのではないか」
という虚無感に苦しむ人は少なくないはずだ。
このように本人ですら無意味だと感じる仕事を、人類学者であるデヴィッド・グレーバーは、「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」と定義している。
イギリスの世論調査によると、37%の人が仕事に無意味さを感じている(*1)。日本でも、仕事への熱意を示す従業員エンゲージメントが6%と、世界最低水準の数値を記録した(*2)。
その背景には、仕事の細分化・仕組み化がある。消費者のニーズが複雑化・高度化したことで、事業にかかわる人数は増え、分業が進んだ。その結果、労働者は仕事の全体像や顧客の顔を見る機会を失い、「何のための仕事なのだろう」という感情に苛まれることとなった。
この感情は、「贅沢」や「わがまま」と一蹴していいものではない。働くことに意味を見いだせなくなり、報酬とやりがいとの狭間で揺れ動く心からのSOSなのだ。
「社会の土台」を支える人々の価値と報酬の不条理なねじれ

現代には、生命の安全・社会の維持に不可欠な仕事に就く人、いわゆるエッセンシャルワーカーの報酬が低いという「価値の逆転現象」が根深く存在している。
具体的な数字を見てみよう。厚生労働省の調査によれば、医療・福祉や物流などの「社会インフラ関連職」の平均年収は、他職種より約104万円も低い(*3)。国際労働機関(ILO)の調査でも、世界的にエッセンシャルワーカーの賃金は他職種より26%低いと報告されている(*4)。
こうしたゆがみは、働く人のモチベーションや自己肯定感を著しく低下させてしまう。介護現場を対象とした調査では、56.6%もの人が「不満を感じる」と答えている。不満の理由として最も多く挙げられたのが、「給与が低い(43.0%)」であった(*5)。
この状況は「やりがい搾取」と映るかもしれない。実際、訪問介護に従事するヘルパーが国を提訴した事例もある。原告側は移動や待機、キャンセルの発生により、給料が拘束時間に見合わないものになっている構造的問題を指摘。介護保険制度の見直しを訴えた。この事例は、現場で働く人々が感じる不条理ををうかがわせる。
社会の土台を支える人々のやりがいが、経済的な不条理によって奪われる現状を放置してよいはずがない。 私たちは、どのような労働に真の価値を置くべきなのか。その問いに向き合う必要があるだろう。
手応えのある働き方の再定義

では、やりがいを感じられる働き方とはなんだろう。それを紐解くキーワードとなるのが、「貢献」と「裁量」だ。
人間には、「誰かの役に立ちたい」という欲求がある。この点において、デヴィッド・グレーバーが定義したブルシット・ジョブは深刻だ。それは単なる時間の浪費にあるのではない。真の問題は、過度な分業によって仕事の全体像がわからなくなり、「自分が誰かの役に立っている」という実感が組織的に奪われている点なのだ。
パーソル総合研究所の調査において、働く人の幸せを形作る要素として、回答者の44.2%が「社会へ貢献している実感」を挙げていることもその裏付けとなるだろう(*6)。
また、同調査で「自分の裁量で進められている」を挙げた回答者が51.3%にのぼったことも興味深い(*7)。
同様に神戸大学の研究でも、所得や学歴といった客観的な指標よりも、自らの進路や就職を自分で決める「自己決定」が幸福度を大きく引き上げることが判明している(*8)。
特に現代のホワイトカラー領域の仕事では、分業化・仕組み化によって、業務全体への関与の度合いである「タスク完結性」、結果・成果の反響である「フィードバック」が毀損され、働く手応えが失われやすい状況に置かれてしまってる。
これに対し、エッセンシャルワーカーが経済的な不条理を実感しつつも、仕事にやりがいを見いだしている側面があるのは前述の通りである。
以上のことをふまえて、「裁量」をもって社会に「貢献」することが、やりがいを感じられる働き方だといえるのである。効率の追求で削ぎ落とされがちな、泥臭くも確かな実感をともなう仕事のなかにこそ、私たちが取り戻すべき尊厳が眠っているのであるのではないだろうか。
経済的安定と社会的価値のジレンマ

ホワイトカラー領域の仕事をブルシット・ジョブと一括りにしてよいものかと問われれば、そうともいえないのがこの問題の厄介なところだ。
「エッセンシャルな仕事こそが尊い」という論調は、結果的に低賃金や過酷な労働環境を正当化する「やりがい搾取」を招くリスクがあるのは、すでに述べた通りである。
その一方で、人によっては不要に思える細かな事務手続きや管理業務も、現代社会に必要だ。これらの仕事は企業の透明性や説明責任を担保し、巨大な社会システムを円滑に維持するための「潤滑油」として機能しているのである。
理想的な社会像とは、単純に「エッセンシャルワーカーに高報酬を」という話では片付かない。それは「どの仕事でも適切な報酬を得て、誰かの役に立っている実感を持てる社会」という、もっと複雑で繊細なバランスの問題なのである。
報酬だけでは心が摩耗してしまうが、理想だけでは日々の暮らしが立ち行かない。この問題をどう解決するか、私たちは真剣に模索しなければならない。一人ひとりが自らの時間の価値を問うことが、誇りをもって働ける時間をもたらすはずだ。
自分の時間を「贈与」に変える。未来の働き方を選択する知恵

ここまで、仕事の価値と報酬のねじれについて考えてきた。この違和感を越えるために、私たちは仕事の捉え方を少しずつ変えていく必要がある。
まず、売上だけでなく「この仕事を通じて、最終的に誰が幸せになるのか」を想像してみる。それが見えにくい場合は、その仕事を「潤滑油」として認識し、「誰かの仕事がスムーズになり、誰かが助かっている」と捉え直してみるのも1つの手である。
次に、身近なエッセンシャルワーカーに感謝の言葉をかけるという小さな行動も大切だ。コンビニエンスストアの店員、配送ドライバー、介護施設の職員などに対して、意識的に「ありがとうございます」「いつも助かります」を伝えてみよう。それだけで、その人の幸福感を大きく高める可能性がある。
そして、自分の仕事における「手応えの瞬間」を探すことを提言したい。数字や効率だけで測れない「誰かの助けになった瞬間」を、記憶に留めておいたりメモしたりしておけば、仕事への考え方も変わってくるはずだ。
このように、働くことを、生活のための単なる労働から、他者へ喜びを届ける「贈与」と捉え直してみる。そうした心の持ちようが自身の尊厳を取り戻し、精神的に豊かな未来を選択する力となるのではないだろうか。
Edited by s.akiyoshi
注解・参考サイト
注解
*1 “無意味な仕事”は、なぜ生まれ、増殖してしまうのか?~日本版“ブルシット・ジョブ”研究プロジェクト発足 | リクルートワークス研究所による
*2 人的資本経営と従業員エンゲージメント | 大和総研による
*3 令和7年版労働経済の分析 | 厚生労働省による
*4 World Employment and Social Outlook 2023: The value of essential work | International Labour Organizationによる
*5 ケアワークス、介護職従事者を対象とした実態調査を実施 ~仕事のやりがい、国への要望等、リアルな声を公開 | シックスワン株式会社
*6,7 働く10,000人の就業・成長定点調査 | パーソル総合研究所による
*8 所得や学歴より「自己決定」が幸福度を上げる | 神戸大学ニュースサイトによる
参考サイト
“無意味な仕事”は、なぜ生まれ、増殖してしまうのか?~日本版“ブルシット・ジョブ”研究プロジェクト発足 | リクルートワークス研究所
社会支える「エッセンシャルワーカー」なのに低賃金 政府が初調査 | 株式会社学情
人的資本経営と従業員エンゲージメント | 大和総研
令和7年版労働経済の分析 | 厚生労働省
World Employment and Social Outlook 2023: The value of essential work | International Labour Organization
ケアワークス、介護職従事者を対象とした実態調査を実施 ~仕事のやりがい、国への要望等、リアルな声を公開 | シックスワン株式会社
訪問介護「やりがい搾取」制度の見直しを ヘルパーが国を提訴した深刻な事情 | AERA DIGITAL(アエラデジタル)
働く10,000人の就業・成長定点調査 | パーソル総合研究所
所得や学歴より「自己決定」が幸福度を上げる | 神戸大学ニュースサイト



























早瀬川 シュウ
フリーライターとして活動中。「日々の生活に『喜び』を」がモットー。特に、「快適さ」や「居心地のよさ」へのこだわりが強い。子どもの頃から海や森林公園を訪れていることもあって、自然環境や景観への興味関心も持っている。せせらぎの音や木漏れ日、お茶をじっくり味わう時間を好んでいる。
( この人が書いた記事の一覧 )