なぜ鎌倉は循環の実験場になるのか?市民精神が生んだサーキュラーエコノミーの土壌|鎌倉サーキュラーシティレポート#1

鎌倉市は内閣府の「SDGs未来都市」にも選定された、日本を代表するサーキュラーシティーのひとつだ。同市の廃棄物リサイクル率は59.8%(令和6年度実績)に達し、人口10万人以上50万人未満の都市において、7年連続全国1位を維持し続けている。

サーキュラーシティ、すなわち持続可能なまちづくりの実現には、行政、事業者、市民の「三位一体」の連携が欠かせない。行政が計画の策定や環境整備を担い、事業者がイノベーションやビジネスで貢献し、市民が日々の消費や行動変容で参加する。その中でも鎌倉市の特異性は、大きな推進力となっているのが市民の主体性にあることだ。現在、鎌倉市内には市民による環境団体が50以上存在している。約16万9千人の人口に対する環境団体の比率は極めて高く、全国の自治体でも類を見ない水準と言える。 各団体は担当地域を分担し、里山の緑地保全、ビーチクリーン、市街地の環境美化などの活動にボランティアとして従事している。

鎌倉のサーキュラーシティとしての土壌とも言える、こうした高い市民性はどのように育まれてきたものなのか。その原点を探るため、鎌倉市扇ガ谷の谷戸地区を訪ねた。

高度経済成長期に起きた開発反対運動

昭和2年に建てられた坂井家住宅を譲り受け、事務所として使用しながら保全している

鎌倉で最も歴史のある環境団体とされる「公益財団法人 鎌倉風致保存会」。この会が設立されたきっかけは、高度経済成長期に起こった宅地開発だ。全国から首都圏への人口流入に伴い、東京から1時間圏内という好立地にある鎌倉にも「昭和の鎌倉攻め」と言われるほどの開発の波が押し寄せ、豊かな緑地が激減していく事態となった。

同会事務局の小笠原千秋さんは当時の資料を基にこのように振り返る。 

「東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)、鶴岡八幡宮の背後にある御谷(おやつ)の森で測量が行われていることに近隣の方々が気づいたのが始まりでした」

八幡宮を見下ろす森を宅地造成する計画は、鎌倉幕府がこの地に置かれた理由でもある「三方山(三方を山に囲まれた地形) 」という史跡風景の破壊を意味していた。

「自分たちの緑は自分たちで守ろうという近隣住民による開発反対運動が起きたんです」

この市民運動を「御谷騒動」として全国に伝えたのは鎌倉在住の作家・大佛次郎氏。大佛氏が朝日新聞の連載「破壊される自然」でこの問題を告発すると、 故郷の開発に危機感を抱いていた全国の読者から多くの共感の声が寄せられた。だが、該当の土地はすでに地権者から開発事業者に売却されており、当時の法律では開発を阻止する術はなかった。木々は伐採され、ブルドーザーで崖を切り崩す寸前まで工事は進んだ。

1964年当時の御谷

鎌倉は日本初のナショナル・トラスト運動発祥の地

「「こんな方法もある」と大佛さんが連載で紹介したのが、イギリスで1895年に設立された環境保護団体『ザ・ナショナル・トラスト』の仕組みでした」

それは、『ピーター・ラビット』の生みの親であるビアトリクス・ポターが湖水地方の美しい風景を守るために自ら1,700ヘクタールもの土地を買い取り、維持管理を託した団体だ。

「この事例をきっかけに市民から寄付金を募り、開発から守りたい土地を買い取って保全するナショナル・トラスト運動へと発展していきました」

同年12月、募金活動の受け皿として設立されたのが「鎌倉風致保存会」だった。同会は全国から集まった900万円の寄付金と鎌倉市からの出資金600万円で、御谷の尾根部1.5ヘクタールを買収し、開発を阻止することに成功した。

現在の御谷

日本初のナショナルトラスト運動を実現させた鎌倉風致保存会は、それまで事業者や行政任せだったまちづくりを市民が主導していく「まちづくりの民主化」の機運を醸成。これが、その後市民による環境団体が次々に誕生するきっかけとなった。

受け継いだ緑を未来へつなぐ

1966年(昭和41年)には超党派の議員立法として「古都保存法」が制定され、鎌倉の山々を含む史跡の風景は法律で守られることになった。

鎌倉の随所に歴史的風土の特別保存地区であることが表示されている

一方で、別の問題も浮上した。かつては薪として利用するため枝払いや伐採により適切な管理が行われていた里山が、電気やガスの普及により放置されたことで、荒廃が進み、崖崩れなどが頻発するようになっていた。

「買い取った緑地を自分たちの手で保全しようと、1996年(平成8年)に始まったのが『みどりのボランティア』です」

鎌倉風致保存会では現在所有する4か所(約8ha)の緑地と、市内の史跡緑地や寺院の後背林などの保全管理作業を、年間のべ750人のボランティア会員とともに実施している。

みどりのボランティア

市民の緑地保全活動を支える行政の資源循環

保全のために伐採された枝葉や竹は、緑地の多い鎌倉特有の廃棄物のひとつだ。みどりのボランティアでは、その一部を緑地内で腐熟させ、再び山の栄養分として循環させている。また、搬出された剪定材も、行政が主導する「植木剪定材受入事業場」にて土壌改良材やバイオマス燃料として資源化されている。

このように、回収された剪定材が土壌改良材として市民に無料配布されるまでの資源循環のサイクルが整っている点も鎌倉市の強みだ。仕組みが確立されているからこそ、 市民や団体は安心して持続的に緑地保全に取り組むことができる。市内では、鎌倉市が掲げる「ゼロ・ウェイスト」の未来に向け、 地域で竹や間伐材を再資源化している団体も活動している。

現在の課題は、生物多様性の喪失と気候変動による酷暑だ。中でも外来種であるトキワツユクサの繁茂は在来種の生育を脅かし、保全しようと買い取った森の植生を一変させてしまう恐れがある。しかし、草木が最も繁茂する夏季の作業には、熱中症という安全上のリスクがつきまとう。 

「それでも「身近な緑は自分たちで守ろう」と皆さん汗を流して下さっています。もちろん熱中症の予防対策は万全を期していますが、 みどりのボランティアは完全無償活動なので、参加者の方々には本当に頭が下がります」

保全活動を通じて人の輪が生まれ、過去から受け継いだものを未来へつないでいるという手応えが、一人ひとりの原動力になっているのではないかと小笠原さんは言う。

お話を伺った事務局の小笠原千秋さん

「まちづくりの民主化」というサーキュラーシティの土壌

「鎌倉に対する愛が強い方が本当に多いんです」

地域に対する市民の誇りや愛着、まちをよりよい場所にしていこうとする当事者意識――シビックプライドを小笠原さんは「愛」と訳した。

その愛を次世代につなぐ取り組みも行っている。賛同した中学校の校長先生の声掛けで始まった「中学生ボランティア」は、卒業を控えた3年生を対象とした地域のボランティア活動だ。2026年度で29回目を迎える。活動の一環として、出前授業で「御谷騒動」について伝えることもあるという。また、鎌倉市青少年課が推進する「ボラクエ(ボランティアクエスト)」を通じて参加する学生もいる。小学生から大学生まで幅広い世代が、 ボランティア活動を通じて地域の史跡と共生してきた自然と触れ合う中で「愛」が継承されていく。大切なものを守ってきた先人への感謝と、それを次世代へつなぐ責任感が育まれている。

風致保存会のように歴史的建築物を使いながら修復保全しているのも鎌倉の特徴だ

こうした経験は、地域の課題を行政任せにせず、官民が協力して解決する鎌倉独自のまちづくりの土壌となっている。まちづくりに対する市民の主体性と献身性。昨今、多くの自治体において「いかにシビックプライドを高め、地域活性化につなげるか」が共通のテーマになっているが、鎌倉の歩みから学べることは、市民に愛される街にするためには、まず市民が愛しているものをないがしろにするような開発や施策を行政や事業者が選択しないことである。

鎌倉は一見すると不便な町かもしれない。旧鎌倉地区には大型のショッピングモールはなく、谷戸には車が通行できない細い切り通しも多い。しかし、鎌倉市は経済合理性や利便性のみを優先して山を切り崩したり、大規模な誘致を行ったりはしなかった。 市民が大切にしている史跡と、そこに共生してきた自然を共に守ってきたのだ。鎌倉でビジネスを展開する事業者もまた同じだ。それが市民主導の 「まちづくりの民主化」という先進性につながっている。

こうした歴史が醸成してきたのはシビックプライドだけではない。環境保全や資源循環には相応の知識とスキルも必要だ。里山保全やビーチクリーンを始めとするボランティア活動はこうしたスキルを実践から学ぶ場にもなっている。鎌倉が日本有数のサーキュラーシティたるゆえんは、単に市民の環境意識が高いというだけではなく、歴史に裏打ちされた行動の仕組みと、それを支える市民精神が街全体に根づいているからに他ならない。

About the Writer

青葉 薫

横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
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鎌倉
サーキュラーシティレポート

文・写真 青葉薫

鎌倉は循環型都市の実験場だ。

技術や地域通貨で資源が循環する仕組みを構築し、

市民精神と最新デザインで都市を変革する。
自給自足とコミュニティ再生を目指す今を記録する。

ひとがまちをつくり、まちがひとをつくる。ゼロ・ウェイストかまくらの土壌を育む市民コミュニティ「ゴミフェス532」の力【鎌倉サーキュラーシティレポート#5】
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種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~

文・写真 青葉薫

夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。

15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで

「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。

#26 2040、未来の君へ
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