
社会のなかで人と共存する動物たち

社会のなかには、心のつながりを伴いながら、人の生活圏のなかで管理と配慮によって関係が保たれ、共存している動物たちが存在する。
たとえば、インドではたくさんの野良犬が都市・農村を問わず暮らしており、推定6,000万頭前後という試算もある。首都ニューデリー周辺だけでも推計100万頭前後が存在している状況は、人の安全や公衆衛生にも直結する。
2024年にはインド国内で370万件を超える犬咬傷事故が報告されたほか、狂犬病による死亡も発生している。こうした背景を受け、2025年8月にインド最高裁がニューデリーの野良犬を一斉に捕獲し恒久的に保護施設へ収容するよう命じた。
しかし、人の安全確保を最優先する判断への反発は強く、最終的には不妊手術と予防接種を施したうえで、元の地域へ戻す方針が明文化された。インド社会では、リスクを前提としつつ、命を排除せず共に生きる道が選ばれた。
一方、日本では野良犬や野良猫を見かける機会は減り、インドのような状況は日常の風景からは遠ざかっている。
日本の野良犬・野良猫はどこへ?

かつて街の中に当たり前に存在していた野良犬や野良猫の姿を、いまほとんど見かけなくなった。日本では、法制度と行政主導の管理によって動物を生活圏から切り離すことで、安全で衛生的な環境が築かれてきたのだ。
一方でその過程は、私たちが「目の前にいない命」と日常的に向き合う機会を減らし、動物を社会の外側の存在と認識しやすい状況を生み出してきた。野良犬・野良猫はどこへ行ったのかをたどることは、日本社会と動物との関係性を見直す手がかりになる。
野良を減らしてきた背景
日本の野良犬・野良猫は、狂犬病予防法をはじめとする法制度と、行政主導の管理によって大きく減少してきた。なかでも転換点となったのが、1950年に制定された狂犬病予防法である。
戦後、日本では狂犬病による死亡例が相次ぎ、各自治体は犬の登録や予防接種の義務化とともに、野犬の捕獲・収容、いわゆる「野犬掃討」を進めた。厚生労働省によれば、日本では1957年以降、国内感染による狂犬病の発生は報告されていない。
こうした制度は一定の成果を上げたが、その影響は地域によって異なる。東京や大阪などの大都市部では野良犬の姿はほぼ見られなくなった一方、北関東や中国・四国・九州地方では、野犬や野良猫が地域に定着し、繁殖を繰り返している実態がある。
所有者不明の犬猫の引き取りや保護は現在も各地で続いている。環境省の統計によれば、2024年度に自治体が引き取った犬猫は約4万頭にのぼり、殺処分に至るケースもなおゼロではない。
動物保護施設の役割と限界
動物保護施設は、行き場を失った動物を一時的に社会が受け止めるための制度的な受け皿であり、動物保護行政を支える基盤でもある。
自治体が運営する動物愛護センターを中心に、飼い主不明の犬猫や引き取りを求められた動物を収容し、適切な管理のもとで次の行き先を探す役割を担ってきた。
一方で、この仕組みには構造的な限界もある。施設の収容能力には上限があり、引き取り数が増えれば運営は逼迫する。予算は主に自治体財政に依存しており、地域によって体制や対応力に差が生じやすい点も課題だ。
制度として存在していても、それだけで全ての命を支え切れるわけではなく、制度を補完する担い手や仕組みをどう広げていくかが問われている。
人とともにある命をつなぐ責任

人とともに生きてきた動物の命を守ることは、アニマルライツ(動物の権利)とアニマルウェルフェア(動物福祉)の考え方に深く関わっている。
アニマルライツは、動物を単なる利用の対象ではなく、固有の権利をもつ存在として捉える立場である。一方、アニマルウェルフェアは、動物が生きて死を迎えるまでの間、身体的・精神的にできる限り良好な状態で暮らせるよう配慮する考え方だ。
欧米諸国では、こうした視点が法制度や企業活動に組み込まれてきたが、日本では依然として「かわいそうだから助ける」という情緒的理解にとどまりやすい。
見捨てられた犬や猫
環境省の統計によれば、自治体が引き取る犬猫の多くは、飼い主不明や飼育放棄によるものだ。
見捨てられた犬や猫を守る動物保護は、感情だけでは成り立たない、専門性と継続性を要する社会的な仕事である。
保護された動物には、健康状態の確認や治療、不妊去勢手術、ワクチン接種といった医療的ケアが欠かせない。その後も、性格や相性を見極めながら飼育を続け、適切な里親につなぐまでには時間と手間がかかる。
こうした役割を担っているのは、自治体の動物愛護センターだけではない。民間の動物保護団体や施設、獣医師、飼育スタッフ、ボランティアなど、多様な人材が関わっている。動物を保護し続けるには、場所、資金、知識、労働力が不可欠なのである。
役割を終えた動物たち
また、家庭や地域の犬猫以外の動物にも目を向けてみよう。たとえば、人とともに働く動物もいる。その動物たちの命は、役割が終わったからといって消えるものではない。
競走馬や馬術競技の馬は、引退後に行き場を失う例が少なくないが、かつて農耕を支えてきた牛や馬も、同様の状況だったと考えられる。介助犬や盲導犬も、加齢や健康上の理由で引退すれば、新たな飼育環境が必要となる。
しかし、こうした動物たちが引退後にどのような暮らしを送っているのかを、私たちが知る機会はほとんどない。一方で、引退競走馬を受け入れる牧場や保護施設、介助犬・盲導犬を家庭で引き取る人々など、余生を支える場や担い手は確かに存在している。
さらに、引退後の行き先をつなぐ団体や、飼育費・医療費を支援する仕組み、寄付や体験を通じて活動を支える取り組みも生まれつつある。
動物園・水族館の生きものたち
動物園や水族館で飼育されている生きものの命を守り、その価値を次世代へつなぐこともまた、社会が担うべき責任である。
これらの施設は、娯楽の場であると同時に、希少種の保護増殖や生態研究、環境教育といった科学的・教育的役割を担ってきた。生物多様性の保全において、重要な拠点にもなっている。
動物の飼育には高度な専門知識が求められ、獣医師や飼育員による日々の健康管理、餌や飼育環境の整備には多くの人手と費用がかかる。施設の維持は決して安価ではなく、動物園や水族館は社会全体で支えるべき公共性と文化的価値をもつ存在だと、改めて認識したい。
変わり始めた寄付や支援の形

新しい動物共生文化を生み出す有効な手段として、寄付や支援の形がいま少しずつ変わり始めている。
日本では、そもそも寄付文化が米国や英国に比べて根付きにくいとされており、「支えること」を行政や一部の善意に委ねてきた側面がある。その結果、無関心が生まれやすい構造もつくられてきた。
しかし近年は、楽しさや共感を入口に、無理なく関われる支援の仕組みが広がっている。動物が好きという気持ちを行動に変えることは、単なる寄付にとどまらず、動物保護を社会全体の責任として捉え直す視点を育てる。小さな参加の積み重ねこそが、共生社会への一歩となるだろう。
動物病院での診療が寄付に
動物病院での診療が寄付につながる仕組みが、動物保護の新しい支援の形として広がっている。アニポスは、動物病院で受けた診療の明細書をアプリに登録することで、保護団体や保護施設への寄付が行われる仕組みである。利用者が追加で費用を負担することはなく、日常の通院という行為が、引き取り後の飼育や医療を担う動物保護団体の仕事を支える。
動物保護に特化した寄付サイト
動物保護に特化した寄付サイトは、支援したい気持ちを確実に現場へ届けてくれる。アニドネは、公益社団法人アニマル・ドネーションが運営する、動物福祉活動の支援に特化した寄付サイトであり、犬や猫の引き取り、保護施設の運営、医療や飼育を担う団体を支援する。寄付先の活動内容や仕事が可視化されており、無理なく関われる入口の一つといえる。
動物園の“推し活”
動物園での「推し活」は、好きという気持ちを動物保護につなげる新しい支援の形である。Hello!OHANAは、利用者はお気に入りの動物を選び、農家を通じて果物や魚などを贈り、御礼としてその動物の動画を受け取る。餌代に悩む施設を、楽しみながら支える点が特徴で、動物保護を特別な善意ではなく、日常の関わりに引き寄せる新しい支援の形といえる。
ふるさと納税
ふるさと納税を通して、動物保護に関わることもできる。全国各地に、動物保護・動物愛護を目的としたふるさと納税メニューを用意する自治体もある。犬猫の保護活動やアニマルウェルフェアの推進といった大枠の支援に加え、犬専用ケアハウスの運営、避妊去勢手術の医療費、障害犬の支援など、具体的な内容を見て選ぶこともできる。
動物保護はいま、排除か共生かという二択ではなく、「どう関わるか」を社会全体で選び直す段階に来ている。特別な善意を前提としない仕組みを通して、日常の選択の延長にある小さな関与が積み重なることで、動物保護は誰もが無理なく主体的に支えるものへと変わっていくのかもしれない。
Edited by s.akiyoshi
参考サイト
6200万匹もの野良犬を抱えるインド、狂犬病の恐怖と動物愛護のはざまで葛藤|CNN.co.jp
Over 3.7 million dog bite cases, 54 human rabies deaths in 2024: Govt | India News Business Standard
狂犬病|厚生労働省
動物愛護管理をめぐる 主な課題への対応について(論点整理) 平成30年12月中央環境審議会|環境省
統計資料 「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」 [動物の愛護と適切な管理]
アニマルウェルフェアについて|農林水産省
一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会

























曽我部 倫子
大学で環境問題について広く学び、行政やNPOにて業務経験を積むなかで環境教育に長く携わる。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、未就学児や保護者を対象に自然体験を提供。またWebライターとして、環境、サステナブル、エシカル、GXなどのテーマを中心に執筆している。三姉妹の母。
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