第18回 いちごをめぐる旅・取材後記|いちごとかんぴょうとガンコウラン

本連載では、生産者を訪ねる取材記事と、そこから広がる食卓や思想の物語を交互にお届けしている。
前回、たつんこファームでは、いちごづくりの現場を訪ね、
いちごの魅力に惹かれたご夫婦の、新天地での挑戦について取材した。
今回は取材後期として、「居住地によって身近な果物が違う」という、
縦長の地形を持つ日本ならではの面白さに触れている。
農業・物流技術の発展により、様々な果物がいつでもどこでも食べられるようになった昨今でも、
やはり特産地で採れた旬の果物の美味しさ、また非日常的な場所で食べる美味しさは格別だ。
「季節」や「土地」が果物に与える良いエネルギーについて、改めて感じられる一篇となった。
ー編集部よりー

ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、なんだかワクワクしてきたのだった。

そこで、いちごのショートケーキができるまでの旅をすることにした。材料の生産者を訪ねてみよう。どんな人が、どうやって生産しているのか。全員の顔を思い浮かべながら、集めた材料で、最後にとびっきりのケーキを焼くつもりでいる。

さあ、一緒に出かけましょう。


前回、たつんこファームでは、旬を迎えた北海道のいちご畑を取材させていただいた。いちご好きのご夫婦が豊浦町にやってきた経緯、就農受け入れ側のサポートなど、甘いいちごをめぐる、熱くて優しいお話を聞かせていただいた。

その日に収穫したばかりのいちごを食べたうちの子たちは、本当に幸せそうな表情をしていた。やはり果物には、果物にしかない喜びというものがあるのではないだろうか。そこで今回は取材後記として、いちごをはじめとした果物について思いを巡らしてみた。


いちごを待ち望む春

前回、お伝えしたように、豊浦で主に生産されているのは、一季成りの「けんたろう」である。いちごには、一季成りと四季成りがある。一季成りいちごは1年に1回、春〜初夏に果実をつける。ハウス栽培をすることで、この本来の収穫時期をずらして、冬にも収穫している。このおかげでクリスマスにもいちごのケーキができるというわけなのだ。一方、四季成りは春から秋にかけて、何度か収穫できる品種である。

たつんこファームでもハウス栽培を行っているが、冬に収穫するような栽培方法は採用していない。北海道でも一部ではいちごの冬季栽培をしているところもあるが、寒冷地ゆえ、簡単なことではないのだ。

その一方で、春から初夏にかけての北海道では、暑くなりすぎないという利点がある。温度や日当たりの調整が、暖地に比べるとしやすいのだ。

結果として北海道では、主に春から初夏にかけて、北海道産のいちごが店頭に並ぶことになる。長い長い冬を越えて、春を迎えた時に目に飛び込んでくる赤い実の色は、格別の喜びを持って迎えられるのだ。

めぐる季節と果物

さて、今回食べた、たつんこファームのけんたろうは、美味しすぎたのである。やはり、旬に果物を食べることには、代えがたい味わいがある。

わがやでは一年中、ケーキを焼いている。誕生日だ、クリスマスだ、こどもの日だと、しばしばケーキへのリクエストがあるのだ。ケーキを焼くと、必ず何かしらの果物を上にのせる。それぞれの季節に応じて、いちご、ブルーベリー、ブドウなどが登場する。

私が農学部で勉強していた若い頃であったら、「エネルギーをかけてハウス栽培するのではなく旬のものを食べるべきだ」なんて、偉そうに書いてしまいそうだなと思うが、今は考えがちょっと変わってきている。

それはなぜか。一つには、農家の方々の想いを知ったからである。収益を上げて経営を安定させるにはどうすればよいか。消費者に喜んでもらうためには何をすべきか。そのような試行錯誤の果てに、今の農業生産がなされているのだ。そのことを否定することなんて、誰にもできないと考えるようになった。

また、食べる側としても、冬にいちごを食べたくなるのも、別に悪いことじゃないと思うのだ。もちろん、季節によって価格は異なるわけだが、それでもクリスマスにはいちごのケーキだなと考えてもいいだろう。

季節を楽しみながら、時に季節を越境しながら、果物を美味しくいただけばいいのではないだろうか。いつでも食べられるのは、本当にありがたいことだ。

かんぴょうのたなびく風景がある

さて、いちごの産地と聞いて思い浮かぶのは栃木である。私は子どもの頃、栃木に住んでいた。茨城出身の齊藤さんも、やはり小さい頃に栃木にいたとのことで、しばし栃木談義に花が咲いた。

私がいた宇都宮市の郊外では、周囲にかんぴょう畑が広がっていた。実際には、畑の中に新興住宅地が造成されたのだろう。団地の周囲は農地に取り囲まれており、畑には巨大なユウガオがゴロゴロ転がっていた。

収穫後に細長く剥かれたかんぴょうが干されて、風にたなびいている風景はごく当たり前のものだった。近隣にお住まいだった齊藤さんも同じ風景を目にしていたそうだ。当時、私は、あまりにかんぴょうが日常の中に溶け込んでいたので、日本中どこでもかんぴょうが干されているような気がしていた。

つまり田んぼで黄金色に輝いている稲と、同じように捉えていたのである。ところが大きくなって、稲とは異なりかんぴょうは、極めて特殊な地域限定の作物であることを知った時には驚いた。

もう一つ、同じような出来事があった。今から45年ほど前、家族で東京の八丈島に行ったことがあった。そこで初めて食べたのがキウイフルーツだった。この世にこんなに美味しいものがあるとは、ついぞ知らず感動した。当時、キウイは関東地方では目にすることのない果物だった。ところが愛媛県出身の妻にとっては、キウイはずっと身近な果物だったという。今ではどこでも売っている果物になったが、そんな時代もあったのだ。

では、今住んでいる北海道ならではの果物はあるだろうか。実は近所に生えている。ふさすぐり(レッドカラント)は、あちこちのお宅の庭に普通に植えられている。昔はいざ知らず、今は食べることはあまりないようで、「採ってもいいですか」と尋ねて断られることはない。

また、札幌の大学構内には、結構ブラックベリーやグーズベリーが生えている。昔植えられたものが、そのままになっているのではないかと推察される。これらは北海道の涼しい気候に合っているのだろう。ブルーベリー狩りもあちこちの農園でできる。

一番美味しかった果物とは

これまでの生涯でいちばん美味しかった果物は何かなと考えてみる。いちごもさくらんぼもメロンもブドウも魅力的だが、やっぱり私にとってはガンコウランだ。

この意外な答えに戸惑った方がいるかもしれないので、背景を説明しておこう。大学生の時に「ヒグマ研究グループ」というサークルに所属して、クマの野外調査を行っていた。高山帯の調査に入ると、2週間近く下界に降りてくることはできない。

もちろん食料は持って山に登るのだが、途中で補充することはできないので、どうしても生鮮食料品とかビタミンなどが欲しくなってくる。

高山植物の中には、ベリーのような実をつけるものがある。その一つがガンコウランだった。小さくて甘酸っぱく、口に入れると何かが身体に充填されるような感覚があった。後にも先にも、あの時のガンコウランの実ほど全身で受け止めた果物はなかった。

そこからの連想で、『サリーのこけももつみ』という絵本を思い出した。翻訳をわかりやすくするために「こけもも」という訳語が当てられているが、原題と絵を照らし合わせると、描かれているのはワイルドブルーベリーである。しかも、物語にはブルーベリーを食べにくる野生のクマが登場する。どちらかというと、絵本の登場人物の子どもよりも、せっせとベリーを口に入れるクマの方に自分を重ね合わせてしまうのだった。

かように果物の話に、次々と思いを巡らしてしまうのは、果物は本質的にハッピーなものだからだろう。

各生産者の思いを“一つの形”に

こうしていよいよ、いちごのショートケーキの材料を集めて回る旅も終わりを迎えた。あとはケーキを作る回を残すばかりだ。ここまでお付き合いくださった読者の方にはおわかりのことと思うが、この連載では、それぞれの生産者さんたちの思いをこれまで集めてきた。食材を集めてきたのではあるが、そこに込められた情熱を受け取ってきたのだ。

その想いの結晶として、僭越ながらパティシエでもない私が、いちごのショートケーキを作らせていただく。いわば連載完結のお祝いのケーキだ。果たしてどんなケーキができるのか。次回、最終回にご期待ください。

About the Writer
林心平_横松心平

横松 心平

1972年東京都生まれ。札幌市在住。北海道大学入学後、北海道大学ヒグマ研究グループの一員になる。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。同博士課程中退後、農業団体や福祉施設の職員を経てライターに。農業、環境、子育て、ジェンダー、文学に関心があります。現在6冊目の著書の刊行準備中。
この人が書いた記事の一覧

いちごのショートケーキができるまで
〜生産者をめぐる旅〜

文・写真 横松心平

ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」


身近なところで、

小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、
なんだかワクワクしてきたのだった。

第19回 いちごのショートケーキができた
第19回 いちごのショートケーキができた
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