
ある一方を優先するともう一方が疎かになるジレンマは、環境保全においても当てはまる。公衆衛生と環境保護は、トレードオフの関係のうえに成り立つものだ。
本記事では、エコバッグ拡大により守られる環境と、増加してしまう衛生リスクの両方の観点から、地球と人のウェルビーイングのバランスについて掘り下げていく。
最後に洗ったのはいつ?日常に潜む「環境と健康」のジレンマ

2020年7月1日より全国で開始した「プラスチック製買物袋の有料化(*1)」により、エコバッグ(マイバッグ)の所有率は大幅に増加した。現在に至るまでにデザイン性の高い商品が増加したエコバックは、今や環境を保護するためではなく、自己表現の手段のひとつにもなっている。
レジ袋を含むプラスチック袋の削減は、廃棄物・資源の節約や、海洋プラスチックごみ問題などの解決にアプローチする。日常化したエコバッグ利用は、私たちが取り組める身近な環境保護であることに間違いない。
しかしエコバッグの利用が拡大する一方で、「エコバッグ自体の衛生管理」が疎かになる事態も懸念されている。本記事の読者のなかにもエコバッグ利用者は多いかと思われるが、小まめにエコバッグを洗浄・消毒している人はどれほどいるだろうか?
エコバッグの普及において、農林水産省は定期的な洗浄による衛生管理を推奨している(*2)。エコバッグ内部に蓄積する細菌や汚れは、食中毒菌の増殖につながり、新たに購入した食品への菌の付着リスクもある。
エコバッグで環境保護に貢献しているつもりが、自身や家族への健康リスクを上げているとは、何とも皮肉な話に聞こえるだろう。「環境を守りたい」という善意と、「健康でいたい」という本能は、日常的な衛生管理が土台にあってこそ成り立つのだ。
パンデミックが暴いた「清潔」と「持続可能性」の揺らぎ

開始以降、着々と利用者を増やしてきたエコバッグ。しかしエコバッグの拡大は決して順風満帆とはいえなかった。その背景にあるのが、2019年末から2023年頃まで続いたコロナ禍だ。
新型コロナウイルスは、飛沫だけではなく接触によっても感染する。コロナ禍の当時には、「日常的なエコバッグ利用が感染リスクを高める」という認識も広まりつつあった。アメリカでは接触感染のリスク減少のために、エコバッグ利用を禁止した州があるほどだ(*3)。
しかし実際には、エコバッグの接触が原因によるコロナ感染は報告されていない。専門家も「感染拡大への科学的根拠はない」と表明した(*4)。つまり「エコバッグでコロナに感染する」は、いわゆるデマに近い言説だったのだ。
しかしコロナ禍真っただ中の社会では、コロナに感染するだけで生活習慣を責められたり、コミュニティから除け者にされたりするような、(今となっては)異様ともいえる空気感が存在していたことも事実だ。
たとえ科学的根拠が証明されていなくとも、「少しでも感染リスクを下げたい」と考える人を誰が責められるだろうか。コロナ禍は、私たちの「使い捨て製品への回帰」の意識を、確実に強めたといえる。
ここで重要なのは「社会や個人の優先順位は、状況によって流動的に変化する」という点だ。環境保護と健康は、どちらも重要であるからこそ、一方がつねに正しいわけではない。
事実、コロナ禍が去った2024年に株式会社ナビットがおこなった「エコバッグ所持率に関するアンケート」では、回答者の約94%が「エコバッグを携帯している」と答えた(*5)。この高い数値は、まさに優先順位の変化による結果といえるだろう。
地球と自分のウェルビーイングを両立するためには、社会における価値基準の変容に対し、柔軟な姿勢を維持することが求められる。
衛生リスクと環境負荷の相関関係

そもそも衛生リスクは、エコバッグを日常的に利用することで本当に高まるのだろうか?その答えは、株式会社HACCPジャパンによって検証されている。
HACCP社では、未使用と2カ月使用したエコバッグとで複数個所の細菌測定をおこなった。その結果、細菌の量は2カ月間でなんと200倍以上にも増えていることが判明したのだ(*6)。
とくにポリエステルやナイロン素材などの化学繊維で作られたエコバッグは、表面にウイルスが付着すると2~3日以上生存することがわかっている(*7)。
さらに株式会社ウェザーニュースがおこなったアンケートによると、エコバッグ利用者のなかで「小まめに洗っている」と回答した割合は、全体のわずか7%という結果になった。そして過半数である54%の利用者が「ほぼ洗っていない」と回答している(*8)。
エコバッグは、長期間持続的に利用することで、環境保護へのアプローチが高まる。しかし長く使うほど衛生的なリスクも高まってしまう。利用時は、この相関関係を理解したうえでの自衛が必要だ。
「地球の健康」と「個人の健康」が衝突する場所

環境保護は、将来世代も含めた「公共の利益」だ。環境保護という名目上であれば、個々人が多少の不便を引き受けることも社会的に正当化されやすい。
同時に注目したいのが、環境保護は社会全体の「長期的な利益」に関する行為である点だ。対して感染予防は、個人の生命や安全という「目先の切迫した権利」に関わる。
地球の健康が「未来」に向けた抽象度の高い価値ならば、個人の健康は「今ここ」で具体的に脅かされるリスクなのだ。ここに、環境保護と健康リスクにおけるトレードオフの構造が現れる。
コロナ禍で露呈されたように、感染は個人の自己責任では制御しきれない性質を持っている。だからこそ、少しでも生存権を優先するための判断は、倫理的に否定されるべきではない。
しかし社会では、環境のためにエコバッグを使うことが「正しい行為」とされる傾向にある。感染を恐れて使い捨て袋を選ぶ個人は、無意識のうちに「公共の利益を損なう存在」として位置づけられてしまう。
環境保護と感染症予防の関係性では、「努力すれば両立できる」という理想論は実現しがたい。両者は条件次第では明確に衝突する価値なのである。一人ひとりにできる環境保護の取り組みは小さいからこそ、価値観が衝突した際の責任の所在も複雑だ。
私たちが心がけるべきは、「エコ」という言葉が持つ道徳的な正しさだけに捉われないことだ。
「エコバッグ利用者は善、使い捨ては悪」という極端な対立が強調されれば、個々人の状況や障害の有無などが透明化されてしまう。
正解を急がず、「選択力」を身につける

「あちらを立てればこちらが立たず」という諺がある。環境保護と公衆衛生の両立というテーマにおいても、まさに当てはまる言葉だ。長期的なエコバッグ利用が、細菌増加のリスクを高めるのは事実といえるだろう。
そのうえで、私たちが今日から始められる習慣は決して少なくない。農林水産省はエコバッグを衛生的に利用するために、以下のような取り組みを推奨している。
- エコバッグは定期的に洗浄する
- 肉・魚・野菜はポリ袋に入れる
- 生物や冷凍食品はまとめて入れ、温かい食品と密着させない
- 食品用と日用品とでエコバッグを区別する
- 食品を入れたエコバッグの持ち運びは、短時間になるように善処する
衛生と環境。本質的なウェルビーイングの実現のためには、どちらも重要な要素だ。一方を切り捨てるのではなく、両立の難しさという矛盾を考え続けながら、最善の選択をする姿勢が求められる。
とはいえ地球環境という大きなテーマを前にすると、自分の力の小ささを自覚して怖気づいてしまうものだ。まずは「エコバッグを小まめに洗う」という手軽なメンテナンスから始めてみてはいかがだろうか。ほかの衣類を洗うついでに洗濯機の中に放り込むだけでも、両立のための確実な第一歩となる。
環境保護は、人類が永続的に取り組むべき営みだ。個々人が日常のなかで納得できるバランスを模索し、実践と改善を繰り返すことで、トレードオフにおけるギャップは少しずつ着実に埋められていくのだ。
Edited by s.akiyoshi
注解・参考サイト
注解
(*1)2020年7月1日よりレジ袋有料化がスタートします。|経済産業省
(*2)賢く楽しくお買い物!~エコバッグでも食中毒予防~|農林水産省
(*3)米各州、行政命令で「エコバッグ」使用禁止相次ぐ|alterna
(*4)「新型コロナ そこが知りたい!エコバッグ 感染リスクは 専門家『気にし過ぎは不要』/科学的な証拠見当たらず」|公明党
(*5)普及率は9割越え!エコバッグについて大調査!【1000人アンケート】|PRTIMES
(*6)レジ袋有料化 エコバックって実は汚い!?|HACCP
(*7)コロナウイルスを防ぐ効果的な服装とは?|Zentile
(*8)エコバッグ、洗ってる?“ほぼ洗ってない”が半数以上を占める|ウェザーニュース
参考サイト
レジ袋有料化でバッグ持参は定着したが……|株式会社プラネット
「エコバッグ」は安全なのか。感染者が増えるなか、医師が考える|FRau
有料化をきっかけに大幅増。マイバッグがライフスタイルに定着|ecojin
エコバッグで食中毒!? 今すぐできるエコバッグお手入れ法|となりのカインズさん
























METLOZAPP
数多くのジャンルの経験を生かし、分野横断的な執筆を得意とするWebライター。ウェルビーイングやメンタルヘルス領域を中心に、生活に新たな気づきを与えるコンテンツを発信中。マイノリティな感性に悩む人や、孤独や寂しさを抱きながら暮らす人の心に、少しでも寄り添えるような記事執筆を目指して活動する。現在は、女性のキャリア形成や、人間と動物の関わり方などに興味を持ち学習中。
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