「捨てる水」をなくす技術革新。製造業の「排水ゼロ」が守る水系生態系の健全性

身の周りにあふれる、さまざまな製品。その製造過程では化学物質や有機物を含む大量の水が、川や海へ流されている。この状況を変えるべく広がりつつあるのが、工場からの排水をなくす「ZLD」である。本記事では、ZLDシステムの仕組みと課題を解説し、未来の産業の在り方を考える。

産業排水が水系生態系に与える深刻な負荷

繊維、化学、製紙、アパレルなどの製造業は、日々の活動で大量の水を消費し、大量の排水を生み出している。例えばアパレル産業では、年間およそ93兆リットルもの水を使っているとされている。これは日本一大きい湖、琵琶湖3つあまりに相当する量だ。

一般的に、製造過程で使用された水は、処理された後、放出される。だが場合によっては処理後でも、微量な化学物質、熱、有機物を含んでいることもある。これらが川や海へ流入すると、生物多様性の低下や水資源の汚染という重大な問題を引き起こす。


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「ゼロ・ディスチャージ」の仕組み。企業が負うべき新しい責任

上記のような、製造業にともなう排水対策として注目されているのが、「ZLD(Zero Liquid Discharge)」だ。その名の通り、工場で使った水を外部へ一切排出しないことを目指す枠組みである。

ZLDは、大きく分けて2つの柱からなる。1つは、排水を高度に処理してほぼ全量を再利用すること。もう1つは、水分を蒸発させた後に残る高濃度の残留物を回収・処理することである。すなわち、ZLDとは排水基準の順守を超え、廃棄物処理までをカバーするシステムなのである。


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「捨てる水」を資源に変える技術革新

では、ZLDは具体的にどのように実施されるのか。技術的アプローチを3つ見ていこう。

膜分離技術

この技術は、限外ろ過(UF)や逆浸透(RO)など、いくつかの段階で構成されている。限外ろ過は、水溶液から粒子、高分子、および一部の溶解イオンを除去する技術であり、排水の前処理を担う。逆浸透は、自然浸透圧よりも高い圧力を廃液に加えて、溶質を保持しながら水分子を膜に通過させる技術である。

これを用いることで、金属、有機分子、その他の汚染物質と水を分けることができる。膜分離技術の事例として、限外ろ過や逆浸透を組み合わせたことで、総溶解性固体(TDS)の88.26%、化学的酸素要求量(COD)と生物学的酸素要求量(BOD)の100%を除去、と極めて高い浄水結果を得られたことが報告されている(*1)。

蒸発・濃縮技術

2つめは、膜分離で回収しきれなかった高濃度ブライン(塩水)を扱う技術だ。この工程では、機械式蒸気再圧縮(MVR)や多重効用蒸発缶(MEE)などを用いて、水分を蒸発させる。超高濃度まで濃縮されたブラインは、最終的に塩の塊、「ソルトケーキ」となって回収される。

資源化技術

3つめは、残留物から有価物を回収する技術だ。ZLDでは、「最後に残る固形物をいかに“資源”にするか」が重要なテーマとなる。資源化の例としては、排水中の有機物をバイオガスに変換し、工場の操業電力として利用することなどがある。実際にイタリアの製紙会社では、廃棄物発電システムを特注で導入し、1日あたり約8,000キロワットのエネルギー削減に成功した(*2)。

この一連の技術への投資は、単なる環境対策に留まらない。工場内の水循環を確立することは、淡水依存度を低くし操業の安定性を高めることにつながる。特に水資源が逼迫する地域であれば尚更のはずだ。


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初期コストの壁と、水資源の真の持続可能性

ZLDは、水系汚染リスクを軽減させる有効手段だ。しかし導入と運用には、経済的および技術的な壁があるのも事実である。

高額な初期投資

従来の廃水処理設備にかかる費用が約2,000万ドルであるのに対し、ZLDシステムには約4,000万ドルもの費用がかかる。高コストの最大の要因は、前述の蒸発・濃縮の工程だ。この部分への費用だけで、全体の60~70%を占めると見積もられている。また、ZLDは運転コスト(エネルギー消費量)も非常に高い。廃液から水分を蒸発・濃縮させるには、一般的な淡水化プラントの10倍にあたる約20〜40kWh/m³もの電力が必要になるとされている。これも事業者が導入を見送る要因になっているのだろう。

処理の難しさ

処理後の排水にたまった残留物(スラッジ)の処理の難しさも課題の一つだ。ZLDにおける蒸発・濃縮プロセスを経た結果、高濃度の塩、重金属、有機物を含んだ残留物が発生する。これらは多くの国で産業廃棄物としての管理埋立や焼却を求められるが、適切な処分場が近隣になければ、そのぶん輸送コストが発生してしまう。また、有害廃棄物となれば特殊な処理もしなければならない。このように、「資源化できなかった廃棄物をどうするか」という問題も、重くのしかかるのだ。

施策の不十分性

さらに、ZLDによって「排水量」は限りなくゼロに近づくものの、工場の「取水量」自体は減らないことも問題視される。水資源の真の持続可能性(ウォータースチュワードシップ)の観点からは、施策が十分とは言えないだろう。そのため、排水ゼロと並行して、取水量を減らす施策を実行していく必要がある。例えばコカ・コーラは、空のペットボトルの殺菌に化学薬品を一切使用しない電子ビーム殺菌システムを導入することで、1日あたり約400トンの水の削減に成功した(*3)。

このようにZLDは、「使う水を減らす工夫」と組み合わせてこそ、真の意味で水資源の持続可能性に貢献できるのだ。この観点から、今後企業はより包括的で複雑な戦略を求められるようになっていくと思われる。


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水系生態系の健全性と未来の産業のあり方

ここまで見てきたように、ZLDは水の再利用を最大化し、排水から有価物を回収するシステムである。このシステムにより水資源や環境の保全、循環経済が促進されていくだろう。したがってZLDは、製造業が環境負荷を最小化し、水系生態系の健全性を守るために不可欠な戦略なのである。そして製造業だけにとどまらず、これからはあらゆる産業や社会に「全量再利用」という考え方を拡張していくことが、水資源や地球環境の持続可能性を達成する鍵となるのではないだろうか。

Edited by s.akiyoshi

注解・参考サイト

注解
(*1)Integration of Pre-Treatment with UF/RO Membrane Process for Waste Water Recovery and Reuse in Agro-Based Pulp and Paper Industry | PMC
(*2)Pulp and Paper Industry Facing Water Issues | Fluence
(*3)Water Stewardship|Coca-Cola Bottlers Japan Inc.

参考サイト
需要が高まるゼロ・リキッド排出(ZLD)システム | 水ビジネス・ジャーナル
How Much Will a Zero Liquid Discharge System Cost Your Facility?  | SAMCO Technologies
Membrane filtration technologies for sustainable industrial wastewater treatment: a review of heavy metal removal. | ScienceDirect

About the Writer
早瀬川シュウ

早瀬川 シュウ

フリーライターとして活動中。「日々の生活に『喜び』を」がモットー。特に、「快適さ」や「居心地のよさ」へのこだわりが強い。子どもの頃から海や森林公園を訪れていることもあって、自然環境や景観への興味関心も持っている。せせらぎの音や木漏れ日、お茶をじっくり味わう時間を好んでいる。
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