なぜ社会課題に〈遊び〉が必要なのか。正解主義の限界と余白の力

社会課題に向き合う現場では、成果を数字で語ることがしばしば求められる。しかし、貧困やジェンダー格差、気候変動などの課題は複雑だ。数字が独り歩きすると、本来向き合うべきものが見えなくなる可能性がある。本記事では、完璧な答えを出さず「試せる場」をつくるという考えから、複雑な社会課題との向き合い方を探っていく。

複雑な時代に、単純な答えは効かない

社会課題に取り組む現場では、成果を数字で語ることが当然のように求められる。「目標をどれだけ達成したか」「数値がどれだけ改善したか」。指標で物事を測る背景には、原因を特定し、解決策を実行すれば課題は解消されるという考えがある。答えは必ずあり、そこへ向かって一直線に進めばいいという発想だ。

しかし、現代の社会課題は、そのような単純な問題解決の枠組みに収まらない。地球温暖化・格差・少子高齢化といったテーマは、問題の原因をひとつに特定できない。このような問題と解決策が明確ではなく、何をもって解決とするのかが決められない課題は「厄介な問題(ウィキッド・プロブレム)」と呼ばれている。

何か課題を解決しようとする際、私たちはKPIなどの数値目標を立てて進捗を測ろうとする。目標を設定すること自体は問題ではない。ただ、数字が独り歩きすると、本来向き合うべきものが見えなくなる危険性がある。

例として、2007年の北九州市で問題となった、生活保護の申請を受け付けない「水際作戦」が挙げられる。当時北九州市では、予算削減のために福祉事務所が生活保護の件数を抑える目標を掲げていた。目標をクリアできるかどうかが職員の評価を左右したため、窓口では困窮者が助けを求めても正式な手続きに進ませず、相談扱いにする対応が常態化した。数値を追い求めた結果、保護を受けるべき人が放置され、生活保護の目的である「困窮者の救済」から遠ざかってしまったのだ。

数値が改善しても、問題の本質が放置されているケースもある。格差問題を例に取ると、教育の機会拡大や、経済支援に関する施策は確かに一定の効果を生む。だが、こうした対策により表面的には改善されたように見えても、不平等を生み出している社会構造そのものは変わっていないケースもある。

さらに厄介なのは、正しさを競うことで人が黙っていく現象だ。成果を出さなければならないプレッシャーが強まるほど、現場では本音が言えなくなる。「これで本当にいいのか」という疑問を抱いても、数字で測れる結果を求められ続けると、そんな疑問を声に出せなくなる。正解を追い求めるほど、対話は失われ、問題の本質から遠ざかっていってしまうのだ。

では、正解を出すことに限界があるとき、私たちは何から始めればいいのだろうか。社会課題に必要なのは、すぐに役立つ答えだけではない。完璧な答えを出さず、「試せる場」をつくることが求められている。


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実験できる場が、問題解決の前提になる

現場でよく聞くのは、「失敗できない」「試す余裕がない」という声だ。正解を求められるほど、人は身動きが取れなくなる。そんな状況に、あえて必要なのが「遊び」なのではないか。

遊びとは、失敗が許される空間のことだ。正解を出す必要はなく、試しながら考えられる状態を指す。子どもが遊びを通じて世界を理解していくように、大人も試せる場があって初めて、新しい発想や気づきを得られることも多い。

社会課題の現場でも、試行錯誤を繰り返せる場が求められている。課題が複雑化するほど、あらかじめ正解を設計し、計画通りに解決することは難しくなる。その結果、行政だけで課題を抱え込み、完結させることは現実的ではなくなっている。予算を維持できたとしても、行政だけで社会課題を解決しきるのは難しい。だからこそ、行政だけに頼らず、小さく試し、対話を重ねながら学んでいく姿勢が重要になる。

「遊び」という考え方を形にした仕組みの一つがリビングラボだ。市民・企業・研究者・行政といった立場の違う人たちが集まり、実際の生活の中で製品やサービスを試していく取り組みである。リビングラボの特徴は、一度きりで終わらないことだ。ワークショップのように一回集まって成果物を作って終わりではない。教科書や前例がない状況でも、生活の中で何度も検証し、改善を繰り返すことで、試しながら答えを見つけていくのだ。

また、リビングラボでは当事者が主体的に関わることが重視される。専門家や行政が一方的に解決策を提示するのではなく、課題を抱えている当事者自身がプロジェクトの初期段階から参加する。自分たちの生活の中で意見を出し合い、アイデアを形にして試す。うまくいかなければ、また話し合って修正するのだ。失敗を恐れずに何度でもやり直せるため、正解を急がず、模索しながら前に進んでいける。

だからこそ、社会課題に向き合うときには、いきなり解決策を固めるのではなく、まず試せる余地を確保することが大切になる。そのための前提として、「遊び=試せる場」という考え方がある。


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正解よりも、続けられる向き合い方を

社会課題に取り組むとき、ゴールを設定しないことに不安を覚える人は多い。しかし、格差や気候変動などの問題に明確な終わりはない。だからこそ必要なのは、完璧な答えを出すことよりも、問題に向き合い続けられる仕組みをつくることだ。社会課題はマラソンに似ている。短距離走のように一気にゴールを目指すのではなく、長く走り続けなければならない。

結局のところ、社会課題に必要なのは「解決したかどうか」ではなく、「向き合い続けられるかどうか」だ。遊びは、社会課題との向き合い方を持続可能にしてくれる。課題が複雑化し、不確実な時代において、短期的な解決策はすぐに古くなる。だが、リビングラボのように、完璧な答えを出せなくても問いを共有し、試行錯誤を許し合える場があれば、人は関わり続けられる。

そして、厄介な問題には矛盾がつきものだ。たとえば経済成長を推進すれば貧困が解決するという発想も、実際には富の集中を招き、格差を拡大させることがある。対話を通して「どうすれば解決できるか」ではなく、「どう向き合えるのか」と考えを転換させ、じっくりと探求していく柔軟さが求められる。

複雑な社会課題と長く向き合うために必要なのは、正解を急ぐことではない。試行錯誤を許し合い、対話を続けられる遊びを通じて、関わり続けることだ。そういった答えを急がない「余白」こそが、今求められているのではないだろうか。

Edited by k.fukuda

参考サイト

地域環境問題はなぜ「もめてしまう」のですか? | FRECC+(フレックプラス) 福島から地域と環境の未来を考えるWEBマガジン
KPIとは?ビジネスでの設定・運用方法や具体例を紹介|Cloud Campus
Why Problem-Solving Never Really Solves Problems in Social Innovation|Linkedin
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社会課題解決の「場」としてのリビングラボの可能性〈前編〉 | MANA-Biz
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About the Writer
中村衣里_中村エレナ

エリ

大学時代は英米学科に在籍し、アメリカに留学後は都市開発と貧困の関連性について研究。現在はフリーライターとして、旅行・留学・英語・SDGsを中心に執筆している。社会の中にある偏見や分断をなくし、誰もが公平に生きられる世界の実現を目指し、文章を通じて変化や行動のきっかけを届けることに取り組んでいる。関心のあるテーマは、多様性・貧困・ジェンダー・メンタルヘルス・心理学など。趣味は旅行、noteを書くこと、映画を観ること。この人が書いた記事の一覧

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