待ったなしの脱炭素。CCS技術に託される“地球の時間”

脱炭素の切り札として注目されるCCS(Carbon Capture and Storage)。待ったなしの気候変動が私たちの暮らしに直接影響を及ぼす今、温室効果ガス削減の先送りはもはや許されない。本記事では、炭素を回収し、地中深くに貯留するCCS技術の必要性と課題、そして実装の可能性についてわかりやすく解説し、持続可能な社会への道筋を探る。

なぜいま、脱炭素が「待ったなし」なのか

現在、地球の気候はかつてない速度で変化している。国立環境研究所による観測では、2023〜2024年の大気中の二酸化炭素(CO2)増加量は年間で3.5ppmと、過去14年間で最大を記録した。(*1)

世界気象機関(WMO)は、2024年の地球の年平均気温が過去最高を更新し、産業革命前からの上昇幅が1.5℃を超えた可能性を示している。(*2)平均気温の上昇は、猛暑や豪雨といった極端な気象現象を引き起こし、農業や健康へ悪影響を及ぼすなど、私たちの暮らしに直接影響している。

気候変動がいま目の前の課題であることを、より直感的に示すのが気候時計だ。地球が1.5℃目標を超えるまでの“残された時間”をカウントダウン形式で示し、世界各地で危機の切迫度を視覚的に伝えている。

これまでの温室効果ガス排出削減努力だけでは、気候の安定化は困難だと専門家は指摘する。排出量を抑えるだけでなく、大気中からCO2を取り除く二酸化炭素除去(CDR)が不可欠となっている。

2025年11月にブラジルで開催されたCOP30(気候変動枠組み条約第30回締約国会議)でも、気候変動対策の実施強化と国際協力の加速が確認された。脱炭素は、今すぐ取りかかるべきことだという認識を国際社会も共有している。

CCSとは何か――「回収して閉じ込める」新しいアプローチ

CCS(Carbon Capture and Storage)とは、工場や発電所などから出るCO2を回収し、深い地層に貯留(閉じ込める)する技術だ。排出をゼロにするのが難しい産業もあるなかで、「現実的な選択肢」として国際的にも注目されている。

この技術は、基本的に三つの工程から成る。まず、排ガスからCO2だけを取り出す分離・回収だ。代表的なのがアミン吸収法と呼ばれる方法で、CO2を選択的に吸収する薬剤を用いる。

次に、回収したCO2をパイプラインや船舶で運ぶ輸送工程がある。最後に、地中800メートルより深い「貯留層」と呼ばれる地層にCO2を注入し、その上部を遮へい層で覆って永久に閉じ込める。

貯留には、石油や天然ガスが地下にとどまってきた地質構造を活用する。日本近海には大きな貯留ポテンシャルがあるとされ、その量は約160億トンと推計されている。(*3)

CCSが必要とされる背景には、セメント、鉄鋼、化学産業など、電化や再生可能エネルギー導入だけでは排出をなくせない分野の存在がある。これらは原料そのものがCO2を放出するため、技術的に削減できる余地が小さい。

IEA(国際エネルギー機関)や日本政府は、「どうしてもゼロにできない排出」に対応するための重要な技術としてCCSを位置づけている。

日本と世界で動き出したCCSプロジェクトの現在地

近年、経済産業省が主導するCCSの取り組みが、本格的に動き始めている。2023年度には国内外を対象とした7案件が先進的CCS事業として選定され、2030年までにCO2貯留の開始を目指す方針が示された。

2024年6月には対象がさらに広がり、国内5件、海外4件の計9案件が候補となり、年間で600〜1,200万トンのCO2を貯留する計画が描かれている。(*4)

国内では、発電所や製油所、セメント、鉄鋼、化学など排出量が大きい産業を中心に、CO2の回収から輸送、地下への貯留までを一体的に行うCCSバリューチェーンの構築が進む。

制度面の整備も進み、CCSは将来の可能性として語られる段階から、実装に向けて動き出す段階へと移りつつある。

海外でもCCSは大きく展開しており、世界には多様なプロジェクトが広がっている。すでに稼働中の商用プロジェクトもあり、国際的な脱炭素戦略のなかで、CCSは実用的な選択肢として定着しつつある。

とりわけ近年は、アジア地域での連携が活発になっている。この夏、日本企業が関わるマレーシアでCO2貯留候補地の用地が確保されたのもその一例だ。

このように、国内外でCCSは議論の段階から実装へと大きく前進しており、その存在感は今後さらに高まると考えられる。

CCSは本当に実現可能なのか?――可能性と限界を見つめる

CCSは脱炭素の有力な手段になりつつある一方で、向き合うべき課題も多い。

コストと経済性の課題

まず、分離・回収、輸送、貯留のすべてを含めたCCS全体のコストは依然として高額であり、現時点では多くの事業者にとって経済的な負担が大きい。

輸送インフラの整備や、貯留のための地層探査・井戸掘削など、初期投資と運転維持費が重くのしかかり、採算性の確保が難しいとされている。

制度と市場環境の課題

制度や市場環境の整備も重要なポイントである。CO2排出削減義務や炭素価格の設定が十分でない状況では、CCSが経済合理性のある選択肢となるとは限らない。公的支援や制度設計が不十分な場合、コスト負担はどうしても事業者に偏ることになる。

日本においても、CCS事業を支える制度・法整備が進みつつあるものの、事業の自立化、つまり市場の力だけで維持できる仕組みの確立にはまだ時間を要する見通しだ。


安全性と技術の課題

さらに、CO2を地下に貯留するには、安全性を確保するための適切な地層構造が欠かせない。貯留場所を慎重に特定し、長期にわたる漏洩防止や環境モニタリングを継続する必要がある。

これを実現するには、地質調査、圧入試験、長期モニタリングなどの技術が不可欠であり、地層の特性や地域の事情によっては適地が限られることもある。

こうした制約があるとはいえ、再エネ導入や省エネだけでは排出削減が難しい重工業分野などにとって、CCSは現実的な選択肢となりうる。また、技術の成熟や規模拡大によるコスト低減、制度整備が進めば、将来的にはより幅広い分野で実装される可能性も開けている。

CCSは万能な方法ではないものの、技術と制度、社会的な理解と合意を丁寧に育みながら、慎重かつ着実に実装への道を探ることが求められている。

明るい未来を描くために――技術と私たちの行動でつくる社会

私たちが目指すべきは、単に温室効果ガスを減らすだけでなく、心豊かに安心して暮らせる持続可能な社会だ。この社会は、技術革新と私たち一人ひとりの行動、その両方が手を取り合うことで初めて形になる。

再生可能エネルギーの導入や省エネの取り組み、環境に配慮した買い物などの小さな選択の積み重ねは、社会全体を変える力となる。使い捨てを減らし、マイボトルやエコバッグを活用するといった行動は、無理なく続けられる取り組みである。

CO2回収・貯留(CCS)のような先進技術と、個人個人のサステナブルな選択──この両輪がそろって初めて、大きな社会変革が可能になる。その先にあるのは、人と自然が調和し、次世代も安心して暮らせる社会だ。

気候危機が迫るなか、私たちができることには限りがあるように思えるかもしれない。しかし、CCSのような技術が進むことで、気候安定化に向けた“地球の時間”を少しでも延ばすことができる。そこに私たちの小さな行動が重なれば、未来の選択肢は確実に広がっていく。技術革新と日々の暮らしの積み重ね、この「両輪」こそが、持続可能な地球を次世代へひきつぐ鍵となる。


苫小牧で始まったCCS試掘。脱炭素は構想から実装へ

Edited by c.lin

注解・参考サイト

注解
*1 国立環境研究所「2024年の大気中CO2濃度増加量は過去最大級に:衛星データとWMOの報告に基づく観測結果」(2025年2月6日)より。
*2 国際連合広報センター(UNIC)「【WMO】2024年の世界平均気温は史上最高を記録、初めて1.5°Cを超える」(2025年1月)より。
*3 経済産業省 資源エネルギー庁「今後のCCS政策の方向性について」(2024年9月)資料より、帯水層全体での貯留ポテンシャルに基づく推定値。
*4 経済産業省およびJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)ニュースリリース「先進的CCS事業として7事業を選定」(2023年6月13日)、「CCS事業化に向けた先進的取り組み」(2024年6月28日)より。

参考サイト
CCUSについて|環境省
2024年は史上最も暑い年に ― 国連の気象機関が発表(UN News 記事・日本語訳)|国際連合広報センター
日本でも事業化へ動き出した「CCS」技術(前編)〜世界中で加速するCCS事業への取り組み|資源エネルギー庁
環境技術解説 CO2回収・貯留(CCS)|国立環境研究所
CCS事業化に向けた先進的取り組み~2030年度までのCO2貯留開始に向け、設計作業等について9案件を候補として選定~|JOGMEC
カーボンマネジメントに関する取り組み|経済産業省環境基本計画|環境省
グリーン志向消費に関する行動チェックリスト|消費者庁

About the Writer
曽我部倫子

曽我部 倫子

大学で環境問題について広く学び、行政やNPOにて業務経験を積むなかで環境教育に長く携わる。1級子ども環境管理士と保育士の資格をもち、未就学児や保護者を対象に自然体験を提供。またWebライターとして、環境、サステナブル、エシカル、GXなどのテーマを中心に執筆している。三姉妹の母。
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