緑を管理するのをやめる。都市に広がるリワイルディング

「森に足を踏み入れたとき、なぜかわくわくする」。そんな心の昂ぶりを、都市に招き入れようとする試みが、いま世界各地で広がっている。都市の緑を管理の対象から、共に生きるパートナーへ―—不完全で予測不能、だからこそ生命力に満ちた「リワイルディング」という営みは、私たちの心と社会をどのように変えていくのだろうか。

リワイルディングとは - 自然の意思を招き入れ、心と身体を調律する

リワイルディング(再野生化)とは、一言でいえば「自然に主導権を戻す」取り組みだ。人間が設計図を引き、完璧にコントロールするのではなく、自然が自ら動こうとする意志を都市の中に招き入れる。

都会の真ん中で、ふと迷い込んだ雑木林のような公園を想像してほしい。そこにあるのは、均一に刈り込まれた芝生や、等間隔に並んだ街路樹とは明らかに違う、「何かが起こりそうな気配」だ。足元を駆ける虫の動き、不規則に重なり合う葉、湿った土の匂い。私たちはそこで、理屈を超えた「わくわく」を感じる。

この高揚感の正体は、生物学者エドワード・O・ウィルソンが提唱した「バイオフィリア(Biophilia:生命愛)」にある。人間には、数百万年の進化の過程で、他の生命や自然のプロセスとつながりたいという本能が組み込まれているという考え方だ。リワイルディングは、私たちのバイオフィリアを呼び覚ます試みだといえる。

自然は、集中しなくてもよい「脳の休憩場所」

なぜ、野生の気配に触れると、心が安らぐのだろうか。その鍵は、心理学の「注意回復理論(ART)」が握っている。

私たちは、仕事やスマートフォンに囲まれた現代の都市生活において、常に「意識的に集中し続ける力(指向性注意)」を酷使している。この力は有限であり、使いすぎると脳は疲弊し、ストレスやイライラが募るとされる。

一方で、自然の風景は、必死に集中しなくても自然と目や意識を引きつける。風に揺れる葉、水面のきらめき、木漏れ日の移ろい――自然が持つ穏やかな刺激を、注意回復理論では「ソフトな魅力(Soft Fascination)」と呼ぶ。

自然の中に身を置くと、脳は意図的に集中する必要がなくなり、静かに回復し始める。リワイルディングの空間がもたらす心地よさの正体は、まさにこの「頑張らなくても、整っていく」という脳の休息にある。

リワイルディングの空間は、私たちを孤独な環境から、あらゆる生命が響き合う場所に連れ戻す。自然に身を委ねることで得られる深い安堵感こそが、物質的な充足を超えた、持続可能な幸福のよりどころとなる。

世界が挑む「管理を手放す」実験

世界中の都市で、「緑は管理するもの」という前提が静かに書き換えられている。都市を「人間のための場所」から「生命のための居場所」へと再構築する実験だ。

ロンドン「国立公園都市」 - 芝刈り機を止めて、ミツバチを待つ

2019年、ロンドンは世界初となる「国立公園都市(National Park City)」を宣言した。これは、都市そのものを自然の一部として育む大規模な緑化構想で、2050年までに市域の50%以上を緑地または水域とすること、樹木を10%増加させることなどを目標に掲げている。

この流れと呼応するのが、自然保護団体Plantlifeが提唱する「ノー・モウ・メイ(No Mow May)」だ。植物が成長する5月にあえて芝刈りを控え、多様な草花を残すことで、ミツバチや蝶に花粉や蜜を提供する運動である。

芝刈りを一時休むだけで、受粉を担う昆虫の活動を支え、都市の生物多様性を底上げできる。公園だけでなく、個人の庭でも実践できる点が、多くの市民を巻き込む力となっている。

シンガポールの河川再生 - コンクリートを剥がし、自然と隣り合う

広大な敷地を持つシンガポールの主要公園、ビシャン・アンモキオパークは、かつて洪水対策として全ての川がコンクリートの排水溝で固められていた。しかし2012年の再開発でコンクリートを撤去し、蛇行する河川へと再生。公園のどこにいても水辺を感じられる空間が生まれた。

特筆すべきは、その管理手法だ。水質浄化には化学薬品を使わず、汚染物質を吸収する植物の力を活用する。また、トンボの生態系を維持することで、ヤゴがボウフラを食べ、蚊の発生を自然に抑えている。

現在では野生のカワウソが子育てをし、多様な鳥類が集う場所へと変貌した。自然のダイナミズムを内包することで、都市のレジリエンスと快適性が同時に向上した好例だ。

ニューヨーク「ハイライン」 - 廃線跡の「勝手な野生」をデザインする

マンハッタンの高架鉄道の跡地を再生した、全長約2.3kmの空中都市ハイライン。1980年に廃線となって以降、25年間放置されていたが、2009年にNPO「フレンズ・オブ・ハイライン」を中心とした市民の手によって、新たな都市空間としてよみがえった。

植栽デザインを手掛けたガーデンデザイナーのピート・アウドルフは、ニューヨーク周辺に自生していた野草や、乾燥に強い宿根草を選び、できる限り自然に近い景観を構築した。 「枯れたら刈り取る」という従来の管理をあえて退け、冬に残る枯れ草や種も風景の一部として受け入れる。その不完全さの受容は、常に整然さを求められてきた都市の緊張感を柔らかく解きほぐし、自然のサイクルに身を委ねる心地よさを静かに伝えている。

日本の隙間に息づく「余白」の思想

日本においてリワイルディングは、かつての里山が持っていた「ほどよい介入」という知恵と結びつく。人間が自然を一方的に支配するのでもなく、完全に放置するのでもない。手を入れすぎず、引きすぎない。その曖昧な距離感の中で育まれてきた共生の感覚が、現代の都市の価値観を揺さぶっている。

尼崎「森中央緑地」 - 100年後の風景を、市民の手で描く

兵庫県尼崎市では、製鉄工場の埋め立て地を活用し、「尼崎の森中央緑地」という長期的な森づくりが進められている。大木を一気に植えるのではなく、近隣で採取した種から育てた苗木を、市民自らの手で植え、100年という時間をかけて森へと育てていくプロジェクトだ。

敷地内には子どもの遊び場だけでなく、「苗木の保育所」が設けられ、約250種類の樹木や野草を育成している。「森づくりエリア」では、住民や企業が協力しながら、少しずつ森を造成中だ。

ここでは樹木を早く育てることよりも、植物同士の自然な競争や共生が起こり、土地に適した生態系が時間をかけて形成されていく過程が重視されている。市民が森の成長に関わることで、「誰かが管理する施設」ではなく、世代を超えて受け継がれていく共有財産として認識されやすい点も特長だ。

世田谷「生きものつながる世田谷プラン」 - 都市の隙間を生命の通り道へ

世田谷区では、生物多様性地域戦略として「生きものつながる世田谷プラン」を策定し、2017年から2032年までの16年間にわたり、生物多様性の保全と持続可能な利用を進めている。

その取り組みのひとつが、個人の庭やベランダを生きものたちの移動の拠点として活かす「ちょこっと空間づくり」だ。チョウを呼ぶ寄せ植えや、トンボや野鳥が立ち寄る水鉢の工夫などを紹介し、住民に無理なく日常的に緑化プロジェクトに取り組んでもらう。各家庭や地域で確認された生きものの情報は共有され、毎年「まちの生きものしらべ」として継続的な調査が行われている。

さらに、国分寺崖線の湧水を守り、竹林を適切に間引くことで、かつての「都市型里山」の風景と生態系を市民の手で取り戻している。都市の中に点在する小さな緑は、やがて生命をつなぐネットワークへと育っていく。

横浜市「市民の森」 - 「公」と「私」の境界線を溶かす

1971年に始まった、横浜市独自の「市民の森」制度。最大の特徴は、市が土地を買い取るのではなく、山林所有者の協力を得て、民有地のまま市民に開放している点にある。現在、市内には約40箇所、500ヘクタールを超える緑地が、市民の森として維持されている。

通常、市民が利用する公園のような場所では、安全性と利便性が最優先され、倒木の危険や虫の発生、足元のぬかるみといった要素は排除されがちだ。しかし、市民の森では、あくまで主役は森そのもの。地形を活かした起伏があり、足裏に土の弾力を感じる道は、いわば獣道に近い。

行政が一方的に管理を担うのではなく、土地所有者と地域のボランティアが協力し、草刈りや竹林の間伐を行う点も特徴的だ。人間と野生の境界線だけでなく、人と人の境界線もまた、「ほどよい手入れ」から生まれる関係性によって、穏やかに溶け合っている。

野生を内包し、「不完全さ」を許容しあう社会へ

私たちは今、気候変動やパンデミックなど、予測不能な時代に生きている。すべてを緻密に管理し、固定しようとする都市システムは、ひとたび想定外の負荷がかかると、連鎖的に機能不全へと陥る脆さを抱えている。

対照的に、多様な植物が混在する緑地は、一部が損なわれても全体がすぐに崩壊することはない。水や熱、リスクを一気に集中させる都市構造を、自然の力で「分散し、受け止め、遅らせる」ことで、より高いレジリエンスを獲得する。そこには「管理しきらないこと」がもたらす、しなやかな強さがある。

こうした環境の変化は、都市の構造だけでなく、人々の物の見方や価値観にも作用する。雑草を「名前も知らない美しい花」として眺める感性は、社会における異質なものや、効率の悪いものを受け入れる態度へとつながっていく。不完全さを前提に共存するという感覚は、他者の違いや弱さを認め合う寛容さを育む。

リワイルディングは、単なる環境保全活動にとどまらない。都市にあらかじめ余白を残し、想定外の出来事を受け流す力を持たせることは、物理的にも精神的にも、これからの社会を支える大切な備えとなる。

想定外の豊かさが、都市を「生きる喜び」で満たしていく

都市はこれまで、「自然の脅威から身を守るための避難所」として発展してきた。しかし、高度に最適化された現代の都市は、その代償として、内部で脈打つ「生の躍動」を失いつつあるのかもしれない。

リワイルディングを経て進化する未来の都市では、人間や動植物、そして風や水が、管理と放任のあいだにある余白の中で、絶え間なく影響し合いながら変化し続ける。すべてを人間の意図で固定するのではなく、自然の働きに一定の主導権を委ねた、まるで一つの大きな生き物のような場所となるだろう。

朝、窓を開けた時に感じる季節の匂い。どこかで聞こえる生きものの気配や、地面に残された小さな足跡。ビルの谷間でふと目に留まる、力強く枝を伸ばす樹木の姿。これらは全て、効率や利便性の追求だけでは得られない想定外の豊かさだ。

人間もまた、大きな自然の循環の一部であると気づくとき、都市は単なる居住地を超えて、あらゆる生き物が等しく息づき輝ける「居場所」へと変わるだろう。

Edited by c.lin

参考サイト

Plantlife
Bishan-Ang Mo Kio Park
The High Line
ダイナミックな都市を体感させるNYの空中庭園、ハイラインはなぜこれほど成功したのだろう?|ヒルズライフ HILLS LIFE
兵庫県立尼崎の森中央緑地
生きものつながる世田谷プラン | 世田谷区公式ホームページ
市民の森 横浜市
『バイオフィリア 』エドワード・O・ウィルソン |筑摩書房
自然接触における注意回復理論の適用の動向|大阪大学学術情報庫 OUKA

About the Writer
小島奈波

夢野 なな

ライター、イラストレーター。芸術大学美術学科卒業。消費が多く騒々しい家族に翻弄されながらも、動植物と共存する生き方と精神的な豊かさを模索中。猫と海、本が好き。神奈川県の海に近い自然豊かな田舎で暮らす。創作に浸る時間が幸せ。
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