アイスランドから学ぶ寒冷地テロワール。発酵と乾燥の知恵

火山と氷河を擁する北欧の島国、アイスランド。厳しい寒冷環境のなかで、人々は羊の放牧や漁業を営みながら、発酵魚や干し魚といった独自の保存食文化を育んできた。自然環境を活かした発酵と乾燥の技術は、エネルギーに過度に依存しない食の知恵でもある。本記事では、アイスランドの食文化を手がかりに持続可能な食のあり方を考える。

寒冷地のテロワール——制約を豊かさへ変える力

温暖な気候が良しとされる農耕において、国土の大部分が北極圏のすぐ南に位置するアイスランドは制約が多い国だ。

沿岸を流れる北大西洋の暖流と活発な火山活動による地熱の影響から、アイスランドの気候は“極寒”とまではならない。とはいえ、一年のなかでも冬の寒冷期が長く続き、冬至前後の一日の日照時間は4時間程度まで短縮される。平地が少なく火山性土壌が広がるため大規模な畑作には適さず、農業の選択肢は限られている。

しかし、手つかずの大自然で育つ放牧ラムや新鮮な魚介類は、世界最高レベルの品質と安全性を誇っている。素材の良さを活かしたシンプルな調理法が主流である点も、アイスランドの食文化の特徴だ。

海に囲まれた島国のアイスランドでは、古くから漁業は重要な基幹産業として発展してきた。ニシンやタラ、サバなどが多く水揚げされる豊かな漁場を背景に、新鮮な魚は農業の制約を補う重要な食料資源だった。だが冷蔵技術のない時代には、その魚をいかに保存するかが大きな課題でもあった。

そこで、長い冬に備えて食料を保存するため、乾燥、燻製、塩漬け、ホエイ(乳清)漬けといった保存方法が発達していった。なかでも魚の保存には乾燥技術が広く用いられ、大量に獲れる魚を潮風の吹く環境で数週間から数ヶ月乾燥させることで、魚の水分が飛び、長期保存が可能になるのだ。とくに薪などの燃料が乏しい環境では、海風と寒さを利用した自然乾燥が主流となり、中世後期からは干しタラ(ストックフィッシュ)が主要輸出品とされていた。

アイスランドの漁業と保存食文化は密接に結びつきながら発展してきたが、厳しい自然環境の制約は食文化に独自の個性を生み出してきた。その大きな特徴は、農業に適さない寒冷地を「低温により腐敗が遅く、保存に適している環境」として利用してきた点にある。

フランス語の「テロワール」は、ワインやコーヒー、日本酒などの農産物が育つ土地の個性や風土、文化そのものを指す言葉だ。アイスランドでは、「寒冷地」というテロワールのおかげで、自然の制約を知恵に変える食文化が根付いてきたのだ。


地域の恵みがエネルギーに。まちの”隠れた宝物”が未来を灯す

発酵魚に宿る、極北の微生物文化

アイスランドの食事は、タラ・サーモンなどの魚介類やラム肉をはじめ、地熱でじっくり焼き上げるルグブロイス(ライ麦パン)といった独自の料理がある。

そのなかでも、長期保存に適した伝統食として有名なものが「ハカール(発酵サメ)」だ。強烈なアンモニア臭を放つことから世界でも“猛臭”珍味として知られているが、その製法は独特だ。

ハカールの材料となるグリーンランドザメなどの肉を、砂利の多い海岸に掘った浅い穴や専用コンテナに入れて地中に埋める。低温の自然環境下でじっくりと発酵させたあと、屋外の小屋などで吊るして数ヶ月間乾燥させて作られる。サメ肉はそのままでは毒性があるが、こうした工程によって体内に含まれる尿素やトリメチルアミンオキシド(TMAO)といった有害成分が分解され、安全に食べられる状態になる。

寒冷環境によって腐敗菌の活動が抑えられる一方で、酵素反応や微生物の働きがゆっくりと進み、サメの肉は腐敗ではなく発酵していく。塩や添加物などは使用されないが、劣化することなく保存性の高い食品へと変化する。これは単なる偶然ではなく、低温環境に適応した微生物や酵素の働きによるものだ。

人の手で細かく管理するのではなく、自然環境そのものに発酵のプロセスを委ねる――先人の知恵であるハカールの歴史は、9世紀頃にアイスランドへ移住したヴァイキングの時代が起源とされている。寒冷期の厳しい環境下に生きる当時の人たちにとって、限られた食料を長期保存することは生存に直結する重要な課題だった。そこでヴァイキングたちは、貴重なタンパク源であるサメの肉を発酵させる独自の保存技術を編み出したのだ。

ハカールは過酷な自然環境を生き抜くための知恵から生まれた保存食であり、冬の伝統行事「ソーラブロート(Þorrablót)」に欠かせない発酵食品として、長い年月を経た現在もアイスランドの食文化に息づいている。


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乾燥という伝統技術。自然のサイクルに委ねる食の形

火と氷の国であるアイスランドは、地熱や水力といった自然エネルギーを活用する「エコロジー大国」として知られている。こうした自然環境を活かす考え方は、食文化にも深く根付いている。

そして、発酵の知恵と並び、もう一つアイスランドの食文化を支えてきたのが「乾燥」という自然の力を活かした保存技術である。アイスランドでは機械エネルギーを使わず、厳しい冬の風と冷気を“天然の加工装置”として利用し、食材を干し上げる技術が発展してきた。海岸沿いには、魚が木製のラックに吊るされ、冷たい海風にさらされながらゆっくりと乾いていく光景が広がる。

ハカールをはじめ、タラなどの白身魚を干した「ハードフィスクル」と呼ばれる保存食は、海岸沿いの強い風を利用して生まれたものだ。冷たい風が魚の水分をゆっくりと奪い、低温が腐敗を防ぐことで、特別な設備を使わなくても長期保存が可能になる。

現代の食システムは、その多くが大量生産・大量消費・大量廃棄に依存している。工場での加工には多くの水や電力が使われ、エネルギーへの依存度は高い。さらに、農業・輸送・加工・冷蔵といったフードシステム全体が、環境に大きな負荷をかけている。

対して、自然のサイクルに工程を委ねるアイスランドの伝統的な食文化は、エネルギーで制御するのではなく、環境に適応することで成り立っている。乾燥という技術は、環境を克服するのではなく、その力と共に生きるための知恵なのである。こうしたアイスランドの持続可能な食のあり方から、私たちが未来の食について学べることは多いのではないだろうか。

Edited by k.fukuda

参考サイト

The Food Destination Iceland – Travel Trade|Visit Iceland
再エネ100%の国アイスランドの地熱発電|Baseload Capital
アイスランドの変な伝統料理たち|Guide to Iceland
ヨーロッパの驚きの発酵食品:歴史と文化に根ざした独特な食の世界|琉樹商店
How Iceland is Leading the World in Food Sustainability Practices|AESU Travel
The Fishing Industry in Iceland|Icelandic Roots
Fermented shark – Arca del Gusto – Slow Food Foundation|Fondazione Slow Food
アイスランド調査結果|環境省

本記事は、特集「醸す、あらがう——均一化を拒む「ゆらぎ」の哲学」に収録されている。本特集では、均一化を拒む『発酵というバグ』。予定調和を壊すゆらぎの中に、私たちの自律がある。ほかの記事もあわせて、より多角的な視点を見つけよう。

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About the Writer

ともちん

大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
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