
フィンランドは、障害がある子もない子も同じ場所で学ぶ「インクルーシブ教育」を教育制度の根幹に据えている特徴的なのは、特別な支援を通常学級から切り離さず、早期の対応を徹底する「3段階支援」という制度だ。本記事では、診断を待たずに支援を開始する柔軟な仕組みと、教師個人に負担が集中しない学校のあり方について深掘りする。
支援を特別にしない国の教育思想

フィンランドの教育制度では、「特別な支援が必要な子」と「そうでない子」を明確に分ける境界線が、制度上ほとんど設けられていない。こうした設計の前提となっているのが、「インクルーシブ教育」という考え方だ。
インクルーシブ教育とは、性別・人種・障害の有無・家庭の経済状況などに関わらず、すべての子どもに平等な教育の機会を届けるという考え方を指す。この背景には、障害を個人の「不完全な部分」と見るのではなく、社会や環境の側に壁があるから不自由が生まれると考える「社会モデル」の捉え方がある。インクルーシブ教育の考えに基づくと、例えば授業中にじっとしていられない子がいた場合、本人の性格や体質だけを問題にするのではなく、「今の教室環境が子どもの特性に合っていないのではないか」と問い直すことになる。
そのため、フィンランドの通常学級では、発達障害とされる特性を持つ子や、特定の分野で高い能力を発揮するギフテッドの子も、同じ教室で一緒に学ぶ。多様な特性を持つ子どもを別の場所に分けるのではなく、通常学級そのものを「どんな子でも過ごしやすい場所」に変えていく工夫が最優先されるのだ。
日本とフィンランドの大きな違いは、支援を開始するスピードにある。日本では、支援教育を受けるために医師の診断書や専門家の意見書を求められることが多く、手続きに数ヶ月かかるケースも珍しくない。
しかしフィンランドでは、本人が「今、困っている」という事実があれば、翌日からでも支援を開始できる。診断を待つのではなく、目の前の困りごとにすぐ手を差し伸べる体制が整っているのだ。通常学級をあらゆる支援の入り口とし、そこから誰一人こぼさないようにするという設計が、フィンランド教育の大きな特徴といえる。
また、フィンランドには「平等(イコール)」と「公正(エクイティ)」を使い分ける思想が根付いている。全員に同じ高さの踏み台を配るのが「平等」、背の低い子には高い踏み台を、背の高い子には低い踏み台を配り、全員が壁の向こうの景色を見られるように整えるのが「公正」だ。公正(エクイティ)の考え方が浸透している現場では、個別の支援が不公平だという不満は上がらない。むしろ、一人ひとりに適した環境を整えることは、学びを保障する準備として自然に受け入れられている。
通常学級を起点とする「3段階支援」制度

フィンランドでは2011年の法改正を機に、すべての児童生徒への支援を「一般的支援」「強化された支援」「特別支援」の3つの階層に整理した。学習や生活のつまずきが小さいうちに、通常学級の中で素早く対応することが狙いだ。
第1段階:一般的支援
一般的支援は、すべての子が権利として受けられる最も身近なサポートだ。特定の診断は必要なく、担任教師が日々の授業の中で状況を見ながら適宜実施する。課題に取り組む様子を見てその場で個別に解き方を教えたり、特定の単元でつまずいている子たちを集めて別室や教室の隅で短時間の集中指導を行ったりする。
個別の教え方だけでなく、教室の物理的な環境を整えることも一般的支援に含まれる。フィンランドの教室では、音に敏感な子が使うイヤーマフ、じっとしているのが苦手な子が落ち着けるバランスチェア、視覚的な情報を遮断して集中するための仕切り板などが当たり前に置かれている。
こうした道具は、その時々に必要な子が自分の席に持っていける。支援の手段が教室の日常に溶け込んでいるため、道具を使うことが特別なことにならず、特定の子が浮いてしまう心配もない。個別に必要な支援を「特別にしない工夫」によって、サポートを受けること自体、ごくありふれた光景となっている。
第2段階:強化された支援
一般的支援だけでは学習上の困難が解消されず、つまずきが数週間から数ヶ月にわたって続く場合は、第2段階の「強化された支援」へと移行する。ここでは担任教師に加え、特別支援教員や保護者らがチームとなって話し合い、教育的な評価を行った上で個別の「学習計画」を作成する。
この段階では、算数や国語など、本人が苦手とする特定の分野に絞った重点的な指導が行われる。通常学級に籍を置いたまま、特定の時間だけ特別支援教員から指導を受けたり、2人の教師が1つの学級を一緒に教える「コ・ティーチング」を導入したりと、ニーズに合わせて体制を組み替える。
目標の達成度をチームで定期的に確認し、状況が改善すれば第1段階に戻り、さらに手厚いサポートが必要であれば次の段階を検討する。
第3段階:特別支援
強化された支援を続けても十分な成果が得られない場合に検討されるのが、最終段階の「特別支援」だ。
ここでは自治体による正式な認定が必要になり、専門家による詳しい調査を経て、その子専用の「個別教育計画(IEP)」を立てる。 医師の診断が必要になることもあるが、それも「その子にどんな環境を用意すれば、最もよく学べるか」を判断するための情報の一つとして扱う。
特別支援の対象になっても、即座に別の学校へ移されるわけではない。事実、特別支援を受ける子の6割以上は、一部またはすべての授業を通常学級の中で受け続けている。
体育や音楽はみんなと一緒に楽しみ、主要な教科は少人数のクラスでじっくり学ぶといった、本人の状況に合わせた履修スタイルが一般的だ。子どもをクラスから切り離すことを目的とせず、通常学級とのつながりを保ちながら、最適な学びの場を用意し続ける。
支援が属人化しない学校のかたち

フィンランドの教育が機能している背景には、教師個人の力量に頼り切らない組織的なバックアップ体制がある。現場を支えるのは、専門スタッフの厚い配置だ。
多くの学校には、担任を持たない「特別支援教員」が常駐し、授業案の作成から実際の指導まで担任と共同で行う。さらに、スクールナースや心理職、ソーシャルワーカーらがチームを組み、定期的な会議で情報を共有する。多角的な視点で子どもを見守る仕組みがあるため、担任一人に責任をすべて背負わせない環境が整っている。
また、学校外のサポートも充実している。国立の特別教育研究機関「ヴァルテリ」は、地域の学校へ専門教員を派遣し、指導のコツや教材の貸し出しを行っている。こうした外部機関の存在が、どの地域の学校でも質の高い支援を受けられる安心感を生んでいるのだ。
教師の裁量も大きく、大学院で修士号を取得した教師たちは、国の指針をふまえつつ目の前の子どもの反応に合わせて教え方を柔軟に変える権限を持つ。こうした体制を支えるのが「積極的差別」と呼ばれる予算措置だ。移民や支援が必要な子が多い学校へ重点的に予算を配分し、リソースが必要な場所に適切に人が行き渡るよう調整されている。
フィンランドの事例は、通常学級を支援の出発点と定め、さまざまな職種の連携によってすべての子どもの学ぶ権利を守っている。効率や平均を追い求めるのではなく、最も困っている子の視点から学校の形を作り直すこと。こうした姿勢こそが、これからの時代に求められる教育のあり方といえるだろう。
Edited by k.fukuda
参考サイト
第Ⅱ期海外調査事業報告書 インクルーシブ教育の在り方について|全国都道府県教育委員会連合会
フィンランドでインクルーシブ教育を実践している小学校の先生にインタビュー!障がいの有無に関わらず、全ての子どもに特別支援の視点を。|株式会社スマイルバトン
公認心理師が驚いた「フィンランドのインクルーシブ教育」、日本とは何が違う? 日本に求められる「社会モデル」への意識転換|東洋経済オンライン
北欧諸国に学ぶインクルーシブ教育の本質|学び!と共生社会|まなびと|Webマガジン|日本文教出版
英国とフィンランド、「インクルーシブ」の視察報告書|日本文教出版






















丸山 瑞季
大学で国際コミュニケーション学を専攻。卒業後はデジタルマーケティングに携わり、現在は難聴児の子育てに奮闘しながら、楽しく生きることをモットーに在宅で働く。関心のあるテーマは、マインドフルネス、ダイバーシティ、心理学。趣味は、食べること、歩くこと、本を読むこと。( この人が書いた記事の一覧 )