
今日本では、これまでの政策決定のあり方と、それを前提とした社会システムに画期的な変化をもたらしたとされるウェールズの未来世代法を参考に、国会の将来世代委員会設置に向けた法案準備が進んでいる。未来世代法とはどういうものか、取り組むことで日本の未来はどう変わるのだろうか。
ウェールズという国

ウェールズは、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(The United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)のなかの国の一つ。ブリテン島の西部に位置し、三方を海に囲まれている。面積は四国程度の小国ながら、起伏にとんだ地形が育む豊かな自然の恵みを享受してきた。
ブリテン島の先住民であり、歴史的なケルト文化を継承しているケルト系民族が多く、独自の文化、民俗性、言語(ウェールズ語)を有している。
1277年にイングランドの支配下におかれ、およそ250年後にイングランドと合併。それから400年以上の時を経て独自の国旗が制定され、1999年に住民投票によってウェールズ議会が発足。外交と防衛以外は自治権を有するに至ったのである。
自治権の回復は、ウェールズという国のあり方、未来を考える大きなきっかけとなり、いくつもの過程を経て、2015年に世界初となる「未来世代法(Well-being of Future Generations Act)」が制定された。
「私たちの望むウェールズ」を実現するための未来世代法

ウェールズの未来世代法には、7つの目標(Seven Well-being Goals)と、目標を達成するための規範となる5つの行動指針(The Five Ways of Working)が設定されている。
Seven Well-being Goals(7つの幸福な目標)
- 繁栄するウェールズ
- 回復力のあるウェールズ
- より平等なウェールズ
- より健康なウェールズ
- まとまりのあるコミュニティ
- 活気ある文化と活発なウェールズ語
- 国際的な責任を果たすウェールズ
The Five Ways of Working(5つの行動指針)
- 短期的ニーズとのバランスを考慮しながら長期的ニーズを満たす
- 公的機関の福祉的目標が、他の期間に与える影響を考慮する
- 7つの目標達成に関心をもつ人の参加によって地域の多様性を高める
- 目標達成に向けた、適正な協働、連携関係をつくる
- 問題の発生や悪化を防ぐための行動が、公的機関にどう役立つか考える
これらは、ウェールズの経済的、社会的、環境的、文化的な幸福を向上させ、「私たちの望むウェールズ」を実現するための重要なプロセスとして位置づけられており、目標達成度合いを確認し共有するための50の指標(2025年時点)も設けられている。
世代を超えた対話が生んだ「私たちの望む未来」

ウェールズ議会は、未来世代法の制定にあたって各地で大規模なタウンミーティングを重ねていった。そこで議論された「私たちが望むウェールズ」のビジョンが、7つの目標として反映されている。
世代を超えた国民的対話は、世代、性別、立場といった違いを超えてウェールズの未来という共通の視点をもたらし、共通のビジョンを生みだした。それも比較的近い未来のビジョンでなく、子どもや孫、その先の未来まで持続可能かどうかという長期的視点に基づくもの。
短期的視点による、課題解決を積みあげていくかのようなこれまでの政策のあり方や、それを前提とした社会システムでは実現することが難しく、より持続可能な社会システムへの変革を促した。それこそが、ウェールズの未来世代法が、注目を集める理由の一つでもある。
世界はウェールズをどう見ているか
世界はウェールズの取り組みを、どのように捉え評価しているのだろうか。部分最適に陥りがちな現在の政策決定のあり方を根本から見直し、持続可能な社会システム構築へとつながる世界初の画期的な法律として賞賛されてはいるが、批判の対象となっている部分もある。
その一つとして、願望的、象徴的で明確な法的要件にあてはまらない、立法としての不十分さがあげられる。法的に規定されている持続可能な開発を実行するという義務も、具体的に何を強制し、違反にどう対処するかという執行力の面で、曖昧で明確さに欠けていることは否めない。その他、当初意図されていたシステムチェンジが推進されていない点や、公共サービスへの圧力が高まっていることや、予算の枯渇といったことも懸念されている。
それでも世界的な流れとしては、2024年の国連未来サミットにおいて、将来世代に関する宣言が盛り込まれた「未来のための協定(Pact for the Future)」が採択されたことからもわかるように、将来世代を考慮した意思決定、政策決定が重視されている。
ウェールズでは、政府から独立して未来世代の利益を守る「未来世代コミッショナー」が設置されており、制定から約10年、問題点を解決しながら立法としての精度を高めていくのではないだろうか。
未来世代の視点から、日本のこれからを考える

1900年代後半から求められていた、未来世代の視点による政策の立案と制度設計は、本格的な動きとして、ようやく世界的に広がり始めた。日本でも、国会に「将来世代委員会」(仮称)を発足させるべく、超党派の国会議員らによる将来世代委員会設置法案の整備が進行中だ。
日本における「将来世代委員会」の構想は、国会内の専門委員会を国会議員ではない民間人で構成し、議論の段階から市民が政策決定に関わることができるボトムアップ型の仕組みとなることを目指している。
政府の動きと連動するかのように「未来は次の世代のもの」という視点で、地球環境や社会制度のありかたを考え、子どもや孫、その先の世代がより良く生きることができる世界をみんなでつくるための啓発、仕組みづくりを行う市民団体も活動を活発化させている。
ウェールズ政府はこうした日本の動きを歓迎しており、より公平で持続可能な未来に向けたビジョンと協力の機会を共有するとしている。
アメリカの経済学者ジョセフ・E・スティグリッツの師として知られる、日本の経済学者宇沢弘文は、著書『社会的共通資本』のなかで、ゆたかな社会について以下のように述べている。
「ゆたかな社会とは、すべての人々が。その先天的、後天的資質と能力とを充分に生かし、それぞれのもっている夢とアスピレーションが最大限に実現できるような仕事にたずさわり、その私的、社会的貢献にふさわしい所得を得て、幸福で、安定的な家庭を営み、できるだけ多様な社会的接触をもち、文化的水準の高い一生をおくることができるような社会である。」
さらに宇沢は、このような社会は「美しい、ゆたかな自然環境の安定的、持続的な維持」「快適で、清潔な住居と生活環境、文化的環境」「社会的人間として成長しうる教育制度」「最高水準の医療サービス」「さまざまな希少資源が、効率的、衡平に配分される経済的、社会的制度」の5つの基本的条件が満たされていなければならないと説いている。
ウェールズの未来世代法はまさに、これらを満たすことを目指しているように見える。だが一国だけが満たしても、世界的な社会問題の解決は難しい。国境や人種、性別、世代、立場、貧富といったギャップを乗り越え、一人ひとりが、ゆたかな社会とは何か、幸福とは何か、未来世代につなぐべきことは何かを考えて行動することが、豊かで安定的な世界を築く鍵になるのだろう。
始まったばかりの日本での取り組みも、今後どのように進むのか。期待を込めて、その動きを見守っていこうと思う。
Edited by c.lin
参考サイト
This is Wales|Wales.com
Well-being of Future Generations Act 2015|Future Generations Commissioner for Wales
未来世代のために道を切り開く、ウェールズのリーダーシップ|Wales.com/jp
特定営利活動法人未来世代のための市民委員会
国会に「将来世代委員会」…立民が設置法案を提出へ|東京新聞,2022年12月19日
伝説の経済学者宇沢弘文を知っていますか|東洋経済オンライン,2016年
Hope-Bearing Legislation? The Well-being of Future Generations(Wales) Act 2015|CABRIDGE UNIVERSITY PRESS
Ten years on, the Well-being of Future Generations Act has increased prominence but is not driving the system-wide change that was intended|Archwilio Cymru Audit Wales
国連、グローバル・ガバナンスを変革するための画期的な「未来のための協定」を採択|国際連合広報センター
宇沢弘文『人間の経済』新潮新書,2017年
宇沢弘文『社会的共通資本』岩波新書,2021年
ジェーン・デイヴィットソン『未来のために今日行動する』明石書店,2025年





















Satoyo S
大学時代は英文科に在籍していたものの、建築設計の道へと進み、結婚・出産を機に退職。その三年後にHR広告営業を経て、障害福祉事業所の運営、行政事業の執行に携わり、現在はコンサルタントとして独立。社会福祉法人の理事も兼務している。ウェルビーイング、地域文化、伝統食品、市民活動、市民政治をテーマに執筆。物事の背景を深く掘り下げることを得意とし、「誰もが互いの個性、価値観、気候風土が育んだ文化を認めあい共生できる社会」を目指している。
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