
ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、なんだかワクワクしてきたのだった。
そこで、いちごのショートケーキができるまでの旅をすることにした。材料の生産者を訪ねてみよう。どんな人が、どうやって生産しているのか。全員の顔を思い浮かべながら、集めた材料で、最後にとびっきりのケーキを焼くつもりでいる。
さあ、一緒に出かけましょう。
生産者をめぐる旅の第8回目は、砂糖をめぐる旅(後編)だ。前編は、千歳市のビート生産者を訪ねたが、今回はビートを原料として砂糖を作っている製糖所の方々にお話をうかがった。
基本的にビートは、生産地によって、収穫物を出荷する製糖工場が決められている。千歳市の畑で収穫されたビートは、伊達市にある北海道糖業の道南製糖所に運ばれていくのだ。そのため、今回の旅は片桐農園のビートの足跡を正しく追っていくことになる。
砂糖は、私たちの身近にあるのにもかかわらず、作られている工程に接することの少ない食品である。畑で山積みにされたビートは、どうやって砂糖になるのだろうか。
ビートをもっと作ってほしいという思い

「ビートの作付面積が減っていることが、製糖会社にとっては大きな問題なのです。原料であるビートの量が少なければ、工場の操業度が低下して経営が厳しくなってしまいます」
グッと身を乗り出すようにして、道南製糖所の石川和正所長は言った。
製糖所は、ビートの収穫が始まる10月中旬頃から製糖を始める。計画的にトラックで生産者の畑を回り、ビートを集荷し、製糖所の敷地内に保管しておく。集められたビートが全て砂糖になった時点で、そのシーズンの製糖は終了となる。例年であれば2月上旬か中旬あたりまで製糖は続く。しかし今シーズンは、原料不足のため1月上旬で終わってしまうのだそうだ。
「第9回 砂糖をめぐる旅」において、「糖価調整制度」の話をした。国が原料糖の輸入に調整金を課す。この調整金と国費を財源として生産者と製糖会社に交付金を支払う。このようにして、国内のビート生産と製糖を守るという仕組みである。
ところが、近年、円安および、国際糖価の上昇により、砂糖の輸入にうまみがなくなり、調整金が集まりにくくなってしまった。その結果、調整金収支が悪化してきた。つまりは国費の持ち出しが多くなってきたため、国がビートの生産を抑制させようとしたのである。具体的には、農家がビート生産をやめて、ジャガイモや豆類に作付けを転換した場合に、助成金を出したのだ。
このような経済的、政治的背景により「ビートの作付面積が減っている」のである。2026年度からは交付金がやや上昇することもあり、生産者には「原料生産を頑張ってほしい」と、製糖会社からは伝えているのだそうだ。
製糖会社が消費者に知ってもらいたいこと

製糖事業への逆風は、糖価調整制度による影響だけではない。
「そもそも生産者の減少と高齢化により、構造的にジャガイモやビートなどの重量作物から、他作物への転換も進んでいます。また、米価の高騰により、転作田を稲作に戻す動きもあります」
農家がビート離れする理由がたくさんあるではないか。原料がなければ砂糖は作れない。そんな状況下で、政府は製糖会社に対して、さらなる経営の合理化を要請しているのだという。けれど、企業が経営を合理化するのは当たり前ではないか。わざわざ国から言われなくても、頑張っているにちがいないだろう。
砂糖の作り手として消費者に知ってもらいたいことは何ですかとたずねると、石川所長から意外な答えが返ってきた。
「北海道のビートという畑作物から砂糖が作られていることを知っていただきたいですね。同じ砂糖の原料でも、沖縄のサトウキビはよく知られているのですが、ビートはまだまだ認知されていません」
確かに、砂糖は差別化しにくい食品である。せいぜい北海道産品、沖縄産品などを選んで買うくらいだろうか。それにしても、そもそも砂糖が何から作られているのかを知らないと、選びようもない。
砂糖の作り方

道南製糖所において、例年は約25万トンの原料から3.5万トン弱の砂糖が生産されている。1日あたりにすると、3,000トンのビートから400トンの砂糖が作られているのだ。10月中旬から稼働を始めた工場は、24時間2交代制で砂糖を作り続けている。
実際の砂糖製造の工程を見学させてもらった。まずは、原料の受け入れからである。
ビートを積んだトラックが到着して、トラックごと重量が計測される。次にビートが降ろされ、付着した土が取り除かれる。その土をトラックの荷台に戻したのちに、再度、トラックが計量される。引き算をすればビートの重量がわかる。その数値と糖度を元にして、農家に代金が支払われるのだ。
どんどん搬入されるビートは、いったん、工場の敷地内に野積みされる。この際、ビートから熱が出る。伊達市は北海道内でも比較的温暖な地域であるため、熱くなりすぎないように保管することが重要なのだそうだ。
さて、いよいよ工場内に足を踏み入れた。まるでSF映画のセットのようであり、巨大で近未来的な機械が立ち並ぶ不思議な空間が広がっていた。

ビートは洗浄されたのち、コセットと呼ばれる、きんぴらごぼうのような短冊状に裁断される。
「断面は表面積が大きくなるようにV字型にカットされているんです」

総務課長の五十嵐祥文さんは、手に取って見せてくれた。
コセットは筒の中を上っていくのに対して、同じ筒の中をお湯が下っていく。こうしてビートに含まれる糖分が滲出されるのだ。
糖分が抜かれたビートは、製糖には必要ない。そのままだと産業廃棄物になってしまうものである。ところが、圧搾、乾燥後、ペレットに加工され、ビートパルプペレットとして出荷される。酪農飼料として全量が販売されているのだそうだ。生クリームの回で登場したあすなろファーミングの牛もビートパルプペレットを食べていた。
次に砂糖の元となる糖液から、石灰や炭酸ガスなどを用いて不純物を取り除き、濾過する。そして水分を蒸発させて煮詰めていく。結晶を作り、遠心分離機で結晶を取り出し乾燥させる。
簡単に言うとこのようにして砂糖は作られる。ビートが工場に入ってから、約16時間で砂糖が完成する。
「砂糖製造の工程では、ひたすら不純物をなくしていきます。添加するものはなく、原料から砂糖を取り出すだけなのです」と五十嵐課長。
なるほど、砂糖はすでにビートの中にあるのだ。これだけの手間をかけても、結局は大地の恵みを取り出しているだけというのは興味深い。「石の中にすでに彫刻はある」と言ったミケランジェロを思い出した。
砂糖があることのありがたさを思う

自分で砂糖を作ってみた経験から、シンプルな工程であると理解していたのだが、実際には巨大な設備で多くの作業を経て、砂糖は作られていた。率直な感想は「砂糖なんて当たり前に安く手に入るけれど、その当たり前を実現するためにどれほどの労力がかけられていることか」である。
しかも、ビートが工場にやって来る前には、畑で農家の方々が奮闘されている。
砂糖は、国内では北海道のビートと、沖縄のサトウキビから作られている。スーパーでもコンビニでも、砂糖が売られていない日はない。そのありがたさに、あらためて感謝したいと思った。
今回の生産者さん

北海道糖業株式会社
北海道糖業株式会社は、札幌市に本社を置く製糖会社だ。製糖工場は、道南製糖所(伊達市)と北見製糖所(北見市)の2か所。製糖だけではなく、ビートの栽培技術の普及、営農指導にも力を入れている。機能性食品素材などを製造する「バイオ事業」や、ビート耕作用の農機具・肥料等の開発・販売を行う「アグリ事業」も行う。伊達市は日本のビート発祥の地として、明治時代以来の製糖の歴史を持っている。
いちごのショートケーキができるまで
〜生産者をめぐる旅〜
文・写真 横松心平
ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、
小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、
なんだかワクワクしてきたのだった。



























横松 心平
1972年東京都生まれ。札幌市在住。北海道大学入学後、北海道大学ヒグマ研究グループの一員になる。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。同博士課程中退後、農業団体や福祉施設の職員を経てライターに。農業、環境、子育て、ジェンダー、文学に関心があります。現在6冊目の著書の刊行準備中。
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