
類まれな特性を持つ「グラフェン」の普及は、私たちの社会を劇的に変える可能性を秘めている。なかでも、持続可能な「循環型社会(サーキュラーエコノミー)」への貢献には大きな期待が寄せられている。極めて薄く軽量でありながら、圧倒的な強度と耐久性を誇るグラフェン。この素材を導入することで、製品の長寿命化や高性能化が実現し、ひいては廃棄物の抑制や環境負荷の低減へとつながるからだ。本記事では、グラフェンがもたらす革新のメカニズムとともに、最前線を走る国内の研究事例を詳しく紹介する。
グラフェンが切り拓く循環型社会
20世紀の大量生産・消費社会を支えた「リニア(線形)型経済」は、資源枯渇や廃棄物増大により限界を迎えている。いま、資源を効率的に循環させる「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」への移行は、避けて通れない喫緊の課題だ。
循環型社会が求めるのは、資源の循環、廃棄物の削減、そして環境負荷の最小化である。これらを実現する鍵は「材料」にある。なかでも、材料革命の旗手として注目されているのが「グラフェン」だ。この次世代素材の普及が、循環型社会の実現を大きく手繰り寄せようとしている。
グラフェンは循環型社会にどう貢献するのか

グラフェンは単なる新素材ではない。炭素原子1層分の薄さでありながら、極めて高い電気・熱伝導性、ダイヤモンドを凌ぐ引っ張り強度を併せ持つ。循環型社会への貢献について、3つの視点から解説する。
製品の長寿命化による資源消費の抑制
グラフェンを複合材料として活用することで、製品の高効率化・高強度化・高耐久化が実現する。これは製品寿命の劇的な延長を意味する。
製品が長持ちすれば、廃棄物が減るだけでなく、新規製造に必要な資源投入量も抑えられる。「使い捨て」の概念そのものを変える可能性を秘めているのだ。
輸送時のエネルギー消費低減
製品の軽量化・小型化は、物流におけるエネルギー効率に直結する。グラフェンによる高強度化で部材を薄く・軽くできれば、一度に運べる量が増え、輸送時の燃費も向上する。
また、製品寿命の延長により、買い替えに伴う輸送や廃棄物運搬の頻度が減るという間接的なメリットも見逃せない。
希少資源(レアメタル)の代替
デジタル社会には欠かせないレアメタルは、埋蔵量の偏りや採掘の困難さ、供給の不安定さが課題だ。そこで、高い導電性を持つグラフェンを代替材料とする研究が進んでいる。
例えば、スマートフォンやハードディスクドライブ(HDD)などの電子機器に使われる磁石を、希少金属を使わずに炭素素材で代替する研究が行われている。また、次世代電池として注目される「マグネシウム空気一次電池」において、高価なプラチナなどの代わりとなる正極触媒として「窒素ドープ多孔質グラフェン」が開発されるなど、資源制約を克服する成果が出始めている。
日本で加速するグラフェン実装への動き

国内でも、産官学連携による革新的な研究が進んでいる。代表的な事例を紹介する。
機能性ナノグラフェン合成|理化学研究所
多様な用途展開には、分子レベルで機能を設計する技術が欠かせない。理化学研究所は2025年1月、多様な「官能基」を導入できるナノグラフェンの効率的合成法を発表した。
強酸を用いない穏やかな条件での反応により、精密な設計が可能となった。超低消費電力メモリーや有毒ガスセンサー、ドラッグデリバリーシステム(DDS)など、電子材料の枠を超えた応用が期待される。
二次元材料転写テープ技術|産総研(AIST)
グラフェンなどの二次元材料を基板へ移す「転写」工程は、膜の破損や不純物の残留が課題だった。
産総研と九州大学などの研究グループは、2024年12月、UV(紫外線)照射で粘着力が低下する「UV剥離型テープ」を用いた転写技術を発表。量産プロセスの効率化により、新産業の創出につながる期待もある。
国内企業における多彩な応用研究
日本国内では、さまざまな分野でグラフェンに関連する応用研究が進んでいる。例えば日本触媒では、分散性や加工性に優れる酸化グラフェン(GO)製品を開発し、樹脂や塗料、電池材料への応用展開を図っている。
一方、アンリツでは、グラフェンの高い熱伝導性を活かし、電子機器の発熱を効率的に制御するサーマルマネジメント分野での研究が進む。5G/6G機器や高周波デバイスの性能安定化に向けた活用が検討されている。
電池用途において実装可能性が高いと言われているのが、東北大学発のスタートアップ、3DCが開発している三次元構造グラフェン「Graphene MesoSponge®(GMS)」だ。リチウムイオン電池の長寿命化・高容量化における「実装に近い技術」として注目される。
資源循環を成立させるための3つの課題

「夢の新素材」と呼ばれるグラフェンだが、サーキュラーエコノミーを完成させるには解決すべき課題も残っている。代表的な3つの課題とその対策について現状を紹介する。
製造時の環境負荷
グラフェンは優れた特性により循環型社会の実現に貢献するとの期待が寄せられる一方、製造プロセスにおいては一定の環境負荷がかかる。製造方法によって異なるが、化学薬品を使用したり、高温処理(CVD)が必要になるからだ。
その一方で、環境負荷を低減して製造・合成する手法も研究・開発されている。例えば、化学物質ではなく水や無毒な溶媒を用いた剥離法や、熱で分解する熱剥離法などだ。こうしたグリーン製造技術へのシフトが、循環型社会の実現をより近づけると考えられる。
リサイクル技術の未確立
グラフェンは極薄のナノシート状材料で、構造欠陥を生じさせずに回収・再利用することは物理・化学的に難易度が高いとされる。しかも単体で用いられるよりも、樹脂や金属、複合材などの他材料に微量添加されるケースが多いため、製品寿命後に分離・回収するには高度な技術が必要だ。
ただし、複合材料からグラフェンを分離する方法や、品質を維持したまま再利用する技術、また酸化グラフェンなどの派生材料に変換するアップサイクル研究が世界的に加速している。
サーマルリサイクルでの消失
グラフェンは多くの場合、樹脂や塗料・コーティング材、ゴム・複合材料などに微量添加する形で使われている。そのため、製品寿命後は他の廃プラスチックと同様に、サーマルリサイクル(熱回収)として処理される。しかしナノレベルで分散しているグラフェンを分離回収することは技術的に難しく、結果としてエネルギー回収に回る可能性が高いと考えられている。
一方で、熱処理技術を用いて廃棄物からグラフェンを製造する研究も進んでいる。代表例として、短時間・高温処理でプラスチックなどの廃材をグラフェンに変換する「フラッシュ・ジュール加熱」が挙げられる。また、木質バイオマス由来のリグニンを炭素資源として活用するグラフェン生成技術の研究も進展している。
まとめ|「ライフサイクル」で素材が選ばれる時代へ
循環型社会への移行に伴い、素材選びの基準は「価格」や「性能」から、「ライフサイクル全体での持続可能性」へとシフトしている。
グラフェンは、製品の長寿命化や軽量化を通じて資源循環に大きく貢献するポテンシャルを持つ。製造プロセスのクリーン化やリサイクル体制の確立といった課題を克服できれば、その価値はさらに高まるだろう。素材の進化が社会の形を変える。その最前線に、いま私たちは立ち会っている。
Edited by c.lin
参考サイト
多様な構造と機能を持つナノグラフェンの合成に成功|理化学研究所
世界初、グラフェンなどの二次元材料テープを開発|産総研
炭素でできた磁石、希少金属使わず軽量 京都大学|日本経済新聞
貴金属を使用しないグラフェンの優れた触媒能力の起源を解明|大阪大学
レアメタル代替材料を使用! 筑波大が高性能な全固体マグネシウム空気一次電池を開発|EMIRA
炭素系新素材「グラフェン」複合部材製品の開発を本格化|三菱マテリアル
Graphene MesoSponge® (GMS)|株式会社3DC(3DC Inc.)
低コストで分散性の高い多層グラフェン|大阪ガス
水ベースのグラフェン剥離|hielsher
炭素資源のアップサイクルを可能とする低エネルギー黒鉛化技術|神戸大学
エジソンの「竹を使った電球」からグラフェンが生成できることが示されたナゾロジー|高知大学
次世代技術の獲得 新たな技術として着目するグラフェン|アンリツ
酸化グラフェン|日本触媒






















倉岡 広之明
雑誌記者として活動した後、フリーライターとして独立。さまざまなジャンルの記事を執筆しているが、北海道で生まれ育ったこともあり、自然環境や気候変動、SDGs、エネルギー問題への関心が深い。現在は、住宅やまちづくり、社会問題、教育、近代史など、多岐にわたるテーマを手がけている。
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