
ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、なんだかワクワクしてきたのだった。
そこで、いちごのショートケーキができるまでの旅をすることにした。材料の生産者を訪ねてみよう。どんな人が、どうやって生産しているのか。全員の顔を思い浮かべながら、集めた材料で、最後にとびっきりのケーキを焼くつもりでいる。
さあ、一緒に出かけましょう。
「いちごのショートケーキができるまで ~生産者をめぐる旅~」。第1回目は、卵をめぐる旅だ。
札幌市の南東部、清田区の郊外で養鶏を営んでいる永光農園を訪ねた。実は農園主の永光洋明さんとは長いつきあいがある。かつてご両親が札幌市内で野菜の農家直売をされており、私が農学部の学生の時に、調査をさせてもらっていたのだ。その後、洋明さんが就農し、養鶏を始められた。
「子どもの頃、農家は絶対嫌だと思っていました。大学を卒業する頃、両親は直売を始めており、お客さんを呼んで料理を作ったりして、とても楽しそうだったんです。
それを見ていて、自分もやってみたいと考えが変わりました」
そういうわけで、卵の取材先を考えたとき、ぜひこちらにうかがいたいと思ったのだ。
“幸せそうな鶏”が産む卵は、人も幸せにする。

いわゆる養鶏場をイメージして行くと、永光農園にはたどり着けない。出迎えてくれるのは、素敵なカフェなのだ。農園直営コッコテラスは、卵とスイーツとカフェのお店である。自家産の卵を目一杯活用した、エッグタルト、シフォンケーキ、プリンなど、オリジナルスイーツが出迎えてくれる。
このお店の裏手に鶏舎があり、3,000羽の鶏が平飼いされている。平飼いは、鶏が地面の上を自由に動き回れる環境で飼育する養鶏法だ。鶏舎の中で鶏は、鳥として本来の姿で生きている。
永光農園の鶏を眺めていると、彼らの習性、やりたいことがよくわかる。歩き回る。足で地面をかく。くちばしで地面をつついてほじくる。エサをついばむ。ひなたぼっこをする。砂浴びをして、体をきれいにする。産卵箱に入って卵を産む。止まり木に登って休む。
つまり、鶏たちはよく運動をして健康なのだ。当然、健康な鶏が産んだ卵は生命力にあふれていて、旨みがあって美味しい。これは、家畜の快適性に配慮した飼養管理をするという「アニマルウェルフェア」の実現そのものとも言える。



元気な鶏により、1日に約2,000個の卵が産み落とされ、それが365日続く。1年で73万個と聞くと途方もない個数のように思えるが、実は養鶏場としてはごくごく小規模なものである。養鶏場の全国平均規模は、1戸あたり約8万羽であり、10万羽以上を飼っている大規模農家が313戸(全体の21.3%)で、成鶏めすの8割以上を飼育しているのだ。
永光農園の鶏たちが食べているエサは、小麦、米ぬか、魚粉、ホタテ貝殻、昆布などを自家配合したものである。これらは全て北海道産だ。抗生物質などの薬剤は一切使用していない。卵は直接、消費者やスーパーと契約して販売している。
本当は、このような農業のあり方は何も難しいことではない。簡単に言ってしまえば「鶏の習性に合わせて飼う」ということにすぎない。ただし、養鶏全体から見ると、このようにして生産される卵は、とても少ない。
鶏を狭いケージの中に押し込み、高密度で飼育して生産される卵は、圧倒的に経済効率が優れている。売り上げから、投入したコストを引いた利潤を得るのに最適な方法なのだ。当然、価格も安くなる。
けれど、本当に平飼い卵は贅沢品なのだろうか?幸せそうな鶏の姿を見ると、「この卵がいい」と思う人は多いはずだ。
「誰でも安全でいいものを食べられるようにしたいんです」と、永光さんは言う。
永光農園の卵は、2025年7月現在、10個750円で販売されている。飼料や生産資材の高騰を受けて、少しずつ値上げを余儀なくされてきた。経済効率ではなく、健康な鶏を育てるという養鶏に必要な経費を積み上げていくと、安価な卵よりも高価なものになるのは当然である。
「6次産業の第一人者になりたい」。”かっこいい農家”への挑戦

この卵を使って、スイーツを作っているわけであるが、最初は卵だけを販売するという、普通の養鶏経営スタイルだった。
「1人で鶏の世話をしているとき、このまま休みも1日もなく、死ぬまで続くのかと思ったんです。それは私のやりたいことではないと気づきました」
この気づきが、永光さんを突き動かしていく。まずは、人を雇えるようにしたいと考えた。その頃、卵をお客さんに直接配達して回っており、そのお客さんの1人が最初のスタッフとなった。パートタイムで配達をしてもらえるようになり、ようやく自分の自由な時間を得たのだが、今度は給料を払うために、新しい事業を始めなければと考えた。
そこで思いついたのが、シフォンケーキだった。以前、自宅で作ったシフォンケーキを、お客さんにおすそわけしたり、時には販売したりしていたことがあった。その頃は、それが商売になるとは思っていなかったのだが、事業としてやってみることにしたのだ。
販売を始めると手応えは悪くなかった。その一歩を後押ししてくれたのが、農林水産省による、農林漁業の6次産業化を推進する取り組みだった。
6次産業化とは、「1次産業×2次産業×3次産業=6次産業」ということで、これまで生産中心だった農家などが、生産をして加工もして販売もして、付加価値を生み出す取り組みを意味している。
国の事業を活用することで、シフォンケーキ作りは、コッコテラスという店舗に発展していく。今や大人気の名店である。
2025年6月、永光さんはさらに新たなチャレンジを始めた。養鶏とスイーツで十分、頑張っていると思うが、永光さんは言う。「オリジナリティのあるものをやっていきたいんです。6次産業の中で第一人者になりたいですね」


そこで始めたのが、なんと、ラーメン屋だった。就農当初から、永光さんには「親鶏を有効活用したい」という思いがあったのだ。
養鶏は家畜を飼育して、人間に必要なものを得るという仕事である。卵を産む鶏が年をとってくると、どうしても新しい鶏に入れ替えなければならなくなる。その年をとった親鶏を、これまでは肉として活用することができていなかったのである。
肉用に生産された鶏とは異なり、卵を産んで年をとった鶏の肉は、どうしても固くなる。一般的な養鶏においては、廃鶏処理業者に費用を払って引き取ってもらう。その後、ミンチやスープ原料として、安価に加工業者に販売されることが多い。
しかし、無駄なく命をいただきたいという強い気持ちが、再び永光さんに一歩を踏み出させた。
平飼い鶏は、よく運動するので味のあるいいスープがとれる。鶏ガラスープに入れる麺にも卵を練り込む。ゆで卵をトッピングする。考えてみると、作り方によっては、ラーメンにはたくさんの鶏と卵が使われる。養鶏場直営で、自家産鶏・卵を使用したラーメン屋は、実に理にかなっているではないか。
「6次産業をやりたいんです。『スイーツ屋さんなのに、どうしてラーメンをやるのか』と言われましたが、ラーメンもスイーツも違和感はありません。お客さんがたくさん来て、褒めてもらえるのが、何より楽しいことですね」と永光さんは言う。
実は、まだまだ温めている構想があるのだそうだ。カルボナーラのパスタ、卵のサンドイッチ、オムライス、親子丼……。卵の活用方法はたくさんあるのだと、永光さんの夢は広がっていく。
「ただの農家じゃなくて、かっこいいことをしたいんです。若い人たちが憧れる形の農業をやりたかったんです」
かっこいい農家。永光さんはまさにそんな存在だ。大変なことは何ですかと聞いてみると、「加工・飲食業は農業よりも経営するのは大変です。でも、食べることが好き、料理が好きなので、なんとかやっています」とのことだった。
こうして永光農園を訪れて、いちごのショートケーキの材料の1つ、卵を手に入れたのだった。まったく永光家には30年もずっと、世話になりっぱなしなのである。
今回の生産者さん

永光農園
永光農園は、自然豊かな北海道札幌市清田区で養鶏をしている平飼い卵の生産者。農園主は、札幌で代々農業を営んできた農家の5代目・永光洋明さん。養鶏場に併設されている、卵とスイーツのお店「コッコテラス」では、シフォンケーキなど自家産卵を使用したスイーツを提供。店内のカフェではパンケーキや卵かけご飯なども人気を集めている。2025年にはラーメン店「とりたまファーム」も開店。平飼い鶏を丸ごと炊き上げたスープを使用した、泡鶏白湯(あわとりぱいたん)ラーメンなどが提供されている。
いちごのショートケーキができるまで
〜生産者をめぐる旅〜
文・写真 横松心平
ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、
小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、
なんだかワクワクしてきたのだった。



























横松 心平
1972年東京都生まれ。札幌市在住。北海道大学入学後、北海道大学ヒグマ研究グループの一員になる。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。同博士課程中退後、農業団体や福祉施設の職員を経てライターに。農業、環境、子育て、ジェンダー、文学に関心があります。現在6冊目の著書の刊行準備中。
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