魚が食べられなくなる日。海洋環境と日本の食文化の危機

魚が食べられなくなる日。海洋環境と日本の食文化の危機

2025年6月9日~6月13日にかけて、フランス・ニースで国連海洋会議が開催される。この会議では、海洋の保全と持続可能な活用に向けた議論が予定されている。(*1)

海洋環境の保全に向けた取り組みは人類にとって重要なテーマの一つになっている。しかしながら、私たちはSNSやニュースサイトで日々、海洋環境に関する記事を見ても、どこか「遠い国で起きている出来事」と感じてしまうことがあるのではないだろうか。

SDGsや地球環境への関心が高まっている一方で、日本人の環境問題への意識は、世界的に見ると依然として低い傾向と言える。2022年にボストン・コンサルティング・グループが日本全国の消費者を対象に実施した「サステナブルな社会の実現に関する消費者意識調査」(*2)によると、「自分の日常の行動が環境に与える影響について気にしている人」の割合は調査対象国のなかで唯一50%を下回った。この実感の薄さは、海の環境問題が「深刻」であるにも関わらず「身近に感じにくい」理由の一つかもしれない。

しかし実際には、島国である日本と海のつながりは深く、魚をよく食べる私たちにとって海の環境問題は食卓に直結する大きな問題だ。ここでは食文化に焦点をあてて、海洋環境について考えてみたい。

魚が食べられなくなる理由

魚が食べられなくなる理由

2006年にアメリカの科学誌『Science』において、2048年までに海に生息する食用魚がいなくなるという予測(*3)が発表され、大きな衝撃を与えてから20年近くが経とうとしている。

この予測が示すのは、具体的な年数ではなく「このまま何も変えなければ、私たちの世代、あるいは次の世代で魚が食べられなくなる可能性がある」という警告だ。では、魚が食べられなくなる理由にはどんなものがあるのか。主に次の2つが挙げられる。

①乱獲

国際連合食糧農業機関(FAO)では、世界中の海洋水産資源の状況を取りまとめており、1974年から2017年の43年間で過剰に漁獲されている水産資源の割合が10%から34%まで増加したと報告されている。(*4)

この背景には、世界的な魚の需要増加や漁獲技術の進歩がある。

過剰漁獲の代表例として挙げられるのが、ニホンウナギやミナミマグロだ。ニホンウナギは国際自然保護連合(IUCN)がレッドリストで定める絶滅危惧IB類(EN)(*5)である。稚魚(シラスウナギ)の過剰な採捕が続く一方で、回遊ルートや産卵場所が未解明で、保護の難しさにつながっている。ミナミマグロも同じくEN(*6)である。高級食材としての需要から長年にわたって乱獲が続いているが、成熟するまでに8年ほど必要なため個体数の回復には一定の時間がかかる。

このように水産資源の回復を上回る勢いで漁獲が行われ、結果として生息数の減少を招いている。

②海洋環境の変化

地球温暖化をはじめとするさまざまな要因が、海洋環境に大きな影響を与えていることを忘れてはならない。

たとえば「サンゴの白化現象」。これは海水温の上昇によって、サンゴがストレスを受け、体内に共生していた藻類を手放してしまう現象だ。カラフルだったサンゴは白くなり、やがて死滅し、サンゴ礁を生息地とする多くの生き物に影響を及ぼす。

さらに、地球規模での海流の変化も進行している。海流は海の中の“風”のようなもので、生き物の移動やプランクトンの分布が変化することで、生息地や漁業の成果にも関わってくる。

近年、海が赤く染まる映像を目にする機会も増えてきた。これは赤潮という現象で、海に流れ込んだ栄養分(とくに窒素やリン)が引き金となり、プランクトンが大量発生して起こる。見た目のインパクトに加え、魚介類の大量死や悪臭など、沿岸地域に深刻な被害をもたらす。

そして、海洋プラスチック問題も無視できない。使い捨てプラスチックごみやマイクロプラスチックは、いまや海のあらゆる場所に存在し、魚や貝がそれらを誤って飲み込むケースも確認されている。プラスチックを体内に取り込んだ魚が食卓に上る可能性も否定できず、健康リスクも懸念されている。

こうした海の変化が続けば、魚が減るだけでなく「魚を食べることそのもの」に不安を感じる未来が来るかもしれない。気候変動や汚染が遠い問題に思えても、実はそれは私たちの食卓や健康に直結する現実なのだ。

食卓と食文化への影響

スーパーに行けば寿司や刺身がすぐに手に入り、食卓にあたりまえのように並ぶ。しかし、このまま「魚が食べられない未来」へ進めば、あたりまえだった光景は少しずつ遠ざかり、やがて「ごちそう」になる日がくるかもしれない。

イワシやサバ、サンマなど、いわゆる「庶民の魚」と呼ばれていた魚が高級魚並みに高騰しているというニュースを目にする機会も多くなってきた。

この変化は価格だけに留まらない。魚が獲れなければ、地域の漁業は衰退し、漁師町の暮らしや伝統行事、郷土料理といった文化までもが失われていく。それは、つまり日本の食文化の土台が静かに崩れていくことを意味する。

「魚が食べられなくなる」というのは、単に献立が変わるという話ではない。私たちが受け継いできた暮らしや記憶、文化そのものが消えてしまうかもしれないという危機なのだ。

未来をつなぐ、小さな行動

未来をつなぐ、小さな行動

これからも魚をおいしく食べられる未来につなげていくために、私たち一人ひとりができることには何があるのだろうか。

たとえば、MSC認証やASC認証のついた水産物を選ぶこともそのひとつ。これは、環境に配慮して持続可能な方法で漁獲・養殖された魚に与えられる国際的な認証である。買い物の際に意識するだけで、海の資源を守る選択につながるのだ。

また、地元で獲れた魚や旬の魚を選ぶことも大切なアクションである。旬の魚は栄養価も高く、輸送による環境負荷も少ないため、自然にも体にもやさしい選択になる。

さらに、こうしたことを家族や子どもたちと話すきっかけにすることも大切だ。「どうしてこのお魚を選んだの?」「このマークはなに?」そんな会話が、日々の食卓を“学びの場”に変えることもできる。

まとめ

魚の未来を守ることは、その先に広がる食文化や海の多様性を守ることにつながっている。

「私一人が行動して、何かが変わるのだろうか?」

そのように感じるかもしれない。しかし、行動しないことと小さくても行動を始めることには大きな違いがある。日常のなかで意識し、小さくても行動を起こす人が一人でも増えれば、そこから変化が広がり始めるのだ。

バタフライ効果という言葉がある。「小さな出来事がやがて予想もできなかった大きな変化につながる」という意味だ。今日の「魚の未来を守る」ための選択が、海の豊かさと食文化を守る大きな未来を形作る。小さな一枚が繋がれば、世界を少しずつ変えていけるとしたら、あなたは何を選ぶだろうか?

注解

(*1)2025 United Nations Ocean Conference|the Ocean Decade
(*2)日本の消費者の環境意識は他国に比べて低く、自分の行動が与える影響をいつも気にしている人の割合は調査対象国中最低の10%~BCG調査|ボストン コンサルティング グループ
(*3)Impacts of Biodiversity Loss on Ocean Ecosystem Services|Science 314 (5800), 787-790. [doi: 10.1126/science.1132294]|National Oceanic and Atmospheric Administration
(*4)(1)世界の漁業・養殖業生産|水産庁
(*5)Japanese Eel|The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2025-1.
(*6)Southern Bluefin Tuna|The IUCN Red List of Threatened Species. Version 2025-1.

本記事は、特集「めぐる、つなぐ、食の風景。「食べて生きる」循環の物語」に収録されている。本特集では、便利さの陰で悲鳴を上げる海や土の現状を見つめ直します。効率優先の消費を離れ、アップサイクルや新しい漁業・農業を通じ「命をいただいている」手触りを取り戻す試みを考案。今日の一皿から、未来へつなぐ「おいしい」のあり方を探ります。ほかの記事もあわせて、より多角的な視点を見つけよう。

魚が食べられなくなる日。海洋環境と日本の食文化の危機
魚が食べられなくなる日。海洋環境と日本の食文化の危機
previous arrow
previous arrow
next arrow
next arrow
About the Writer
中山(水無月もえ)

水無月もえ

大学卒業後、管理栄養士免許を取得。小学校で栄養士として従事し、給食や食育分野に携わる。自分の気持ちに正直で、日々、成長できる生き方をモットーにライターとして活動。新たな発見や気づきにつながり、誰かの人生を後押しできる記事づくりを心がけている。関心がある分野は食、ライフスタイル、健康、マインドフルネス、ダイバーシティ。散歩や食べ歩き、観劇、旅行など新たな発見がある趣味が好き。この人が書いた記事の一覧

Related Posts