【事例まとめ】世界で広がるミツバチの保護活動。生態系を維持する立役者を守るためには

花粉や蜜を集めるハナバチ。その仲間であるミツバチは温度や湿度に敏感で、農薬などで汚染された環境では生きられないことから「環境指標生物」といわれている。

アシナガバチやスズメバチなどの印象から、怖い昆虫の代表格としてあげられるハチだが、実はミツバチも含めたハナバチの仲間は、私たちの生活を陰から支えてくれる存在である。なぜなら、花粉媒介者(ポリネーター)として生物多様性の安定に欠かせない、大きな役割を果たしているからだ。

ミツバチがいなければ、ほとんどの動植物が絶滅するといっても過言ではない。植物は受粉することができず、人工受粉が追いつかない種は絶えてしまう。そして、次にそれらを食べていた昆虫や草食動物が、続いて肉食動物が、最終的には人類も食べるものがなくなってやがて絶滅するだろうと考えられているのだ。

生態系を安定させ、食料供給をも担う……それほど重要な役目を持っているミツバチだが、いま世界中でミツバチの減少率が問題視されている。家畜としてのセイヨウミツバチは年々増加傾向にあるものの、野生のミツバチは1947年から2008年の間に60%と大幅に減少しているという。日本でも、1970年代から2000年代にかけて減少率が高くなっており、深刻な問題に発展しているようだ。

そんな中、この問題に取り組むため世界でミツバチの保護活動がさかんになってきている。

ヨーロッパの事例|一部農薬の使用を禁止

EUでは、ミツバチに悪影響を及ぼすとして、2018年以降ネオニコチノイド系の農薬を一部禁止している。EU圏域では2000年代から、巣からミツバチが消えてしまう現象「蜂群崩壊症候群(CCD: Colony Collapse Disorder)」が多発しており、長らく問題となっていた。CCDが起こる原因として、ミツバチの方向感覚に障害が起き、巣に戻れなくなったのではないかと考えられている。この障害が起きる要因として、ネオニコチノイド系農薬の関連が疑われていたため、2013年から対象薬剤の使用を暫定的に禁止。約4年間にわたる研究の結果、関与の可能性が指摘されたことから、クロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサムを主成分とする3種の薬剤について、すべての作物への使用を禁止するに至った。

またヨーロッパ、特にフランス・パリでは都市養蜂がさかんに行われている。意外なことに、養蜂は田舎よりも都市部の方が向いているともいわれる。田舎の方が農薬の使用頻度が多く、都市部の方が汚染されていないからだそうだ。オペラ劇場、美術館、5つ星ホテルなどさまざまな施設で養蜂が行われており、民間だけではなくパリ市も公園内や区役所の屋上に巣箱を設置するなどの取り組みを行っているという。

欧州委員会、3種類のネオニコチノイド系農薬の屋外での使用禁止を決定(EU)|農畜産業振興機構
Paris: The City of Bees|AGRITECTURE

アメリカの事例|認証ラベル「Bee Better Certified ®」の導入

世界最大のアーモンド生産国であるアメリカでもEUと同じように、ネオニコチノイド系の農薬が禁止されている。アーモンドをはじめとしたナッツ類は自家受粉が難しく、ミツバチによる花粉媒介が欠かせない。ミツバチに健全な生息地を与え、持続的な農場をつくるために登場したのが、Bee Better Certified ®という取り組みだ。これは、ポリネーターと生物多様性の保全を保証するエコラベルである。2017年に開始され、ミツバチをはじめとしたポリネーターの保護に関する農法を採用した農家や食品会社の製品に与えられる。

生産者は認証を受けることで「ポリネーターと環境に配慮した農場」というアピールができ、これらの製品を購入することによって、生産者を支援できるようになる。すると、生産者はさらに革新的な農法への投資が可能になり、作物の安全性を高めたり栽培面積を広げたりできる、という好循環を生み出すのだ。

Home ⋆ Bee Better Certified®

日本国内の事例|古来種二ホンミツバチの保護

現在養蜂に関わるミツバチのほとんどは明治時代に輸入されたセイヨウミツバチだが、日本の在来種である二ホンミツバチを守る活動も積極的に行われている。二ホンミツバチが生み出す蜂蜜は、セイヨウミツバチよりも群れが小規模であることから、さまざまな花から蜜を採取した「百花蜜」となることが特徴だ。栄養価が高く、古来滋養強壮のために重宝されてきたという。

平成元年に設立された「日本在来種みつばちの会」(2024年1月に一般社団法人へ移行)は、ニホンミツバチの生態研究と保護繁殖、会員同士の交流、二ホンミツバチを通した自然環境保全と社会的貢献、ミツバチ産業の健全育成の推進を目的として、二ホンミツバチを軸とした生物多様性に関する啓発活動を続けている。

また、現在全国に広がっている里山再生プロジェクトの一環として、ミツバチの保護活動を行う団体も増えている。滋賀県の老舗和菓子屋、叶 匠壽庵では2016年から社内有志で「里山プロジェクト」を立ち上げ、翌年の2017年から山林整備活動「ニホンミツバチと暮らす郷づくり」をスタートさせている。

先述のとおりミツバチは環境指標生物であることから、ミツバチの生息の有無や活動の様子を観察すれば、周辺の土地がどのような環境にあるかを判断することができる。つまりミツバチが元気に飛び回っていることは、環境汚染がなく生態系も豊かであることの証なのだ。こうしたことから、里山の再生活動とミツバチの保護活動は相性が良いといえ、さまざまな好循環を生み出している。

会の紹介 | 一般社団法人 日本在来種みつばちの会
100年の里山づくり|叶 匠壽庵

企業のミツバチ保護の取り組み事例

ゲラン|女性養蜂家の育成プロジェクト

フランスのラグジュアリーブランド「ゲラン」の環境への取り組みは、生物多様性、持続可能な革新、気候、社会的インパクトの4つの柱のもと、未来に対して責任を果たすことを目指している。中でもブランドのシンボルでもあるミツバチの保護を熱心に行っていることが有名だ。

ゲランとハチの関係は、創業時まで遡る。ハチのシンボルマークは、1853年にナポレオン三世の皇后にフレグランスを献上する際、ナポレオン家の象徴であるハチの紋章をボトルに刻印したことに由来しているそうだ。2011年には「ゲラン ミツバチ保護プログラム」を設立。2018年から世界各地で小学生向けの啓発プログラム“Bee School(ビースクール)”を開催するほか、2020年からはユネスコとともに女性養蜂家を育成するプロジェクト“Women for Bees(ウーマン・フォー・ビー)”を南フランスからスタートし、その活動はカンボジア、メキシコ、ルワンダ、イタリア、日本など世界各地へと広がっている。

ユニリーバ|提携農園とミツバチに配慮した環境づくり

世界的な消費財メーカー「ユニリーバ」は、サステナビリティへの取り組みの一つとして、土壌、水、炭素、生活、生物多様性を重視した「再生型農業原則」を設立。現在、23の再生型農業プロジェクトが進行中で、その規模は面積にしておよそ13万ヘクタールにものぼる。2025年には20万ヘクタールに達する予定で、急速に拡大しているようだ。

この原則を制定した背景には、ミツバチと生物多様性を保護するために長年続けてきた研究の成果がある。商品を生み出すために何千ものサプライチェーンを抱え、何百もの作物種に依存する中で、生物多様性を保護することに尽力してきたユニリーバ。ミツバチが環境指標生物であることに着目し、再生型農業がいかに重要かつ効果的であるかを示すために、サプライヤーと協力しながらミツバチの保護・繁栄にも同時に取り組んできたという。

たとえばコルマンズマスタードは、原料であるホワイトマスタードの生産をポリネーターに依存している。そこでユニリーバは、イングリッシュマスタードグロワーズ(English Mustard Growers)との提携により、ミツバチに配慮した生垣を作り、春に咲く花の球根を500株植えた。また、スペインのトマトサプライヤーであるアグラズは、小枝、葉、枝で作られた「虫ホテル」を設置。昆虫の隠れ家ができたことで農園に留まり、受粉を促している。

ミツバチを守るために私たちができること

ミツバチを飼育するためには住所地の都道府県への届け出が義務付けられており、厳しい条件や養蜂に関する幅広い知識が求められている。そのためミツバチの保護活動は気軽に始められることではなく、多くの人にとってはあまり現実的ではない。

そんな私たちにできることは、ミツバチについて学ぶこと、保護団体などの活動を支援すること、そしてできるだけ周囲の人に広めていくことだ。また、農薬を使わずに育てた野菜や果物を選んだり、ラベンダーや菜の花、ローズマリーなどミツバチが好む花を植えたりすることも、結果的にミツバチの保護に繋がっていく。この記事で紹介したゲランやユニリーバをはじめ、ミツバチ保護に取り組む企業の製品を購入することも、支援の一つだ。

さらに機会があれば養蜂プロジェクトや里山再生プロジェクトなど、直接関わりのあるイベントに参加するのもいいだろう。そこで学んだ知識を活かして、次は自分が伝える側になれば、ミツバチの現状や未来について知る人がどんどん増えていく。

そして一番大切なことはミツバチをむやみに殺さないことだ。「ハチは危険」というイメージから、姿を見たり「ブーン」という羽音がしただけで殺虫剤を撒きたくなる人もいるかもしれない。しかし、ミツバチは基本的にこちらから危害を与えない限り攻撃してくることはないという。刺激しないようにその場を離れる、そっと逃がすなどの方法でミツバチを生かしてあげることが重要だ。

その小さなからだで、地球の生態系を支えるという大きな任務を担うミツバチ。古くから世界中で人間にさまざまな恩恵をもたらしてくれたいのちを、今度は私たちが支え、守っていかなければならない。

参考サイト
小さな命の営みも、私たちの日常につながっている| ecojin(エコジン):環境省
ゲランの誓い | ゲラン GUERLAIN
Biodiversity, business and bees | Unilever

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秋吉 紗花
大学では日本文学を専攻し、常々「人が善く生きるとは何か」について考えている。哲学、歴史を学ぶことが好き。食べることも大好きで、一次産業や食品ロス問題にも関心を持つ。さまざまな事例から、現代を生きるヒントを見出せるような記事を執筆していきたいです。