パタニティハラスメントとは
パタニティハラスメント(パタハラ)とは、男性が育児のために休業や時短勤務などを利用しようとした際、職場で嫌がらせを受けることを指す。「paternity(父性)」と「harassment(嫌がらせ)」に由来しており、育児に積極的に関わろうとする男性に対して生じる問題を象徴している。
日本では、男女平等やライフスタイルの多様化が進みつつあるが、男性の育児休業に対する偏見や不十分な理解が根強く残っている。そのため、男性が育休を取得しようとする際に、周囲から無言の圧力や露骨な差別的行動を受けることがあるという。昇進に不利な扱いを受けたり、職場内で孤立したりするといった事例も報告されているようだ。
こうした背景には、長らく「育児は女性の役割」と考えられてきた社会的固定観念(ステレオタイプ)が影響している。しかし、近年では父親が子育てに積極的に参加する重要性が認識され始めており、これに伴ってパタハラ防止の動きも加速している。
パタハラは法律で禁止されている
育児・介護休業法第10条で「育児休業や介護休業などを利用する労働者を解雇したり、不利益な扱いをしたりしてはならない」と定められているように(*1)、パタハラは法律で明確に禁止されている。
また、労働者がハラスメントに関する相談を行ったことを理由に、解雇や不当な扱いを受けることも禁止されている。悪質な場合は、民法や刑法に基づき損害賠償請求や犯罪として訴追される可能性もあるのだ。
実際、病院勤務の男性が育児休暇を取得したことを理由に昇給や昇格試験の受験を認められなかったケースがある。この事例では、病院側の対応が育児・介護休業法に違反するとされ、裁判所は病院に慰謝料の支払いを命じた。
(*1)参考:Ⅱ 妊娠・出産・育児休業等を理由とする不利益取扱い|厚生労働省
パタニティハラスメントの具体例

パタニティハラスメントの具体例として、以下の行為が該当する。
- 不利益な取扱いをほのめかす行為
- 「育児休業を取得したい」と相談した際に「休むなら辞めてもらうしかない」と脅す
- 時短勤務を希望した部下に対して「昇進はなくなるぞ」とプレッシャーを与える
- 制度の利用を妨害する行為
- 「育児休業を取得したい」と言った労働者に「うちの部署は忙しいから無理だ」と拒む
- 「育休を取るなんて周りの迷惑を考えろ」といった発言で阻害する
- 制度利用後の嫌がらせ行為
- 育児休業から復帰した後に、簡単な業務しか担当させない、または不本意な部署に異動させられる
- 「育休を取った人には責任のある仕事を任せられない」といった発言で職場内で孤立させる
これらは、労働者の権利を侵害する行為であり、職場環境を悪化させる要因となる。企業はパタハラを防止し、労働者が安心して制度を利用できる環境作りに取り組む必要がある。
日本の男性育休制度は「世界1位」?
ユニセフが2021年に発表した報告書では、「育児休業制度」において日本が世界1位に輝いた。特に、父親に認められた育休期間の長さが評価され、制度の充実度では他国を大きくリードしている。
1991年の育児休業法制定時から、男女を問わず原則1年間の育休取得が認められており、父親と母親の育休期間がほぼ等しいことは、国際的にも珍しい。
しかしながら、制度が整っていても実際の運用面では課題が残る。職場環境や社会的意識が育休取得を十分に後押ししていないため、男性の育休取得率は低いままだ。制度を活用しづらい状況が続いており、育休取得が一部の男性に限られるという現状が指摘されている。
男性の育休取得率は3割程度
日本の男性育休取得率は近年着実に上昇し、厚生労働省の調査では令和5年度に初めて30%を超えた。前年の17.13%から大きく伸びており、育児に参加する男性の増加傾向が見られる。一方で、女性の育休取得率は依然として85.1%と高く、男女間での差は顕著だ。
育休取得率向上の背景には、令和4年に実施された育児・介護休業法の改正がある。この改正では、「産後パパ育休制度」が導入され、子の出生後8週間以内に最大4週間の育休を分割して取得できる仕組みが整備された。また、企業には育休に関する相談窓口の設置や周知活動の義務化が課され、働く環境が改善されつつある。
しかし、取得率3割は国際的にみると決して高い数字ではなく、育休先進国とされるスウェーデンでは9割を超える。日本において男性の育休取得が社会的に完全に根付くには、さらに意識改革や職場環境の調整が必要である。
北欧で導入されている「パパ・クオータ制」
北欧諸国では、育児休業制度の一環として「パパ・クオータ制」が導入されている。育休期間の一部を父親専用として割り当て、父親が取得しなければその分の給付金が受け取れない仕組みになっている。
例えば、スウェーデンでは育休全体のうち90日間が父親専用に割り当てられており、これを取得しない場合は権利が消滅する。国が積極的に父親の育休取得を促進していることもあり、北欧では男性の育休取得率が80%を超える国も多い。
北欧では、育休をただ取得するだけでなく、「どれだけ長く取得し、育児に深く関わるか」が重要視されている。父親が育児に積極的に参加する文化が根付き、家庭内での役割分担が平等になっている。
日本では4人に1人がパタハラを経験
日本では、男性が育児休業制度などを利用しようとする際、職場でパタハラを受けるケースが依然として多い。厚生労働省の調査によると、男性労働者の24.1%が過去5年間に勤務先でパタハラを経験している。
パタハラの内容として、上司や同僚による制度利用の妨害や継続的な嫌がらせ、不当な配置変更などが挙げられており、育休取得を断念する男性も少なくない。
特に管理職の立場にある者が被害を受ける割合が高いことが分かっており、従業員規模が比較的小さい企業ではパタハラの頻度がさらに増加する傾向にある。
また、育休を取得したいと考える男性自身が、周囲の反応を過剰に否定的に捉えてしまう「多元的無知」という心理状態が存在する。このような現状は、職場環境や意識の改善が急務であることを示している。
パタニティハラスメントが起こる要因

パタハラが発生する背景には、企業文化や社会的な認識の問題が深く関係している。特に、日本社会では男性の育児参加に対する偏見や、職場環境の未整備が影響を与えていると考えられる。以下に、主な要因を詳しく解説する。
職場の風土や企業体制
忙しい職場や人手不足の組織では、「育休取得=他の従業員に負担がかかる」といった風潮が生まれやすい。その結果、育児休業や短時間勤務を希望する男性に対して否定的な反応が起こることがある。また、代替要員の確保が難しい企業では、育休を取ること自体に否定的な環境が生じやすい。
こうした状況は管理職の負担も増加させ、職場全体での育休取得促進の妨げとなっている。企業が労働環境全体を見直し、育休取得を円滑に行える仕組みを導入することが求められる。
育児休業制度への理解不足
育休制度の内容や利用条件が従業員に周知されていない場合、制度を利用しようとする男性に対して「特権を使っている」といった誤解や嫉妬が生じやすくなる。特に、制度利用者が少ない企業では、このような偏見が現れやすい。
また、上司や同僚が育休制度の合法性や意義を十分に理解していない場合、結果としてパタハラにつながる発言や行動をとることがある。制度の周知や啓発活動を徹底し、全従業員が制度を理解する環境を作る必要がある。
男性育児に対する無意識の偏見
パタハラの背後には、性別役割分担に基づく無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)が根強く存在する。
「男性は仕事、女性は育児」といった固定観念は、日本社会に未だ強く残っており、男性の育児参加に対する受け入れのハードルを上げている。そのため、育休を取得しようとする男性に対して、「男なら仕事を優先すべき」といった発言が無意識に行われることがある。
こうした偏見は年齢層が高い世代ほど強い傾向があり、企業内での価値観の断絶を生む要因にもなっている。無意識の偏見を取り除くためには、企業や社会全体でジェンダー平等を推進し、男性が育児に関わることの重要性を広める取り組みが不可欠だ。
男性が育休を取得する重要性

男性が育休を取得することは、家族の絆を深めるだけでなく、職場や社会の在り方にも変化をもたらし、ジェンダー平等の促進や少子化対策にも貢献できる。以下では、家庭・企業・社会への具体的な影響について解説する。
家庭への影響
男性が育休を取得することは、家庭内での育児負担の分担を促進し、母親の心身の負担を軽減する効果がある。また、父親が育児に積極的に関与することで、子どもとの絆が強まり、家庭全体の幸福感を向上させる要素となる。
総務省の調査によると、6歳未満の子どもを持つ夫婦において、母親が子どもと一緒に過ごす時間は週全体平均で1日あたり10時間45分であるのに対し、父親は4時間36分と、半分以下である。子どもが成長するにつれて親子間の接触時間は減少し、子どもが独立するまでに父親が子どもと過ごす時間は約2年半程度と試算されている。
育休を取得することで、父親が子どもに直接愛情を注ぐ貴重な時間を確保し、家庭内の関係を深める機会を増やすことができる。その結果、家族の絆がより深まり、子どもの成長に良い影響を与えることが期待される。
企業への影響
男性が育休を取得することは、企業にとってもメリットがある。育休を取得する男性が増えることで、職場内で育児支援の必要性が認識されやすくなり、ジェンダーハラスメントの軽減にもつながる。
また、育休制度が性別を問わず利用されることで、従業員の満足度が向上し、エンゲージメントが強化される可能性がある。育児と仕事を両立できる職場環境を整備することは、企業の魅力を高め、優秀な人材の確保にもつながるだろう。
社会への影響
男性育休の普及は、社会全体のジェンダー平等意識を高めることにもつながる。特に、育児休業の活用が進むことで、育児や家事の分担も進み、家庭内の役割分担における性別の固定観念を打破するきっかけになる。
また、男性が育児に関与することで、子どもの成長や発達に良い影響を与えるだけでなく、少子化対策にも寄与すると考えられる。このように、男性が育休を取る文化が根付くことで、家庭や職場だけでなく、社会全体の調和が進むと期待されている。
まとめ
パタニティハラスメントは、男性の育児を理由にした不当な扱いや偏見に根ざしており、家庭だけでなく職場や社会全体にも悪影響を及ぼす問題である。しかし、近年では法整備が進み、ジェンダーを問わず育児に関わりやすい環境の実現が目指されている。
男性が育休を取得しやすい職場を作り、偏見を解消することで、家族の絆を深めると同時に、職場の風土改善や社会のジェンダー平等の促進にもつながるだろう。パタハラを防止する動きは広まりつつあり、男性の育休取得が当たり前になる社会も、そう遠くないかもしれない。
参考記事
子育て支援策 新報告書:先進国の育休、保育政策等をランキング|日本ユニセフ協会
パパの育休制度、日本は世界有数 問題はパタハラ|日本経済新聞
コラム4 我が国の育児休業制度は世界一!?男性の育児休業の変遷と背景|内閣府
関連記事
新着記事